公益財団法人テルモ生命科学振興財団

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中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

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中高校生が第一線の研究者を訪問
「これから研究の話をしよう」

第10回
ようこそ、細胞建築学の世界へ。

第3章 バーチャル研究室見学

木村
今日はリモートですが、せっかくなので、ぼくたちの研究室を案内しましょう。
ここが実験室。うちの研究室では線虫という生き物を使って研究しています。具体的な種の名前で言うと、「シー・エレガンス(Caenorhabditis elegans、 C. elegans)」です。シー・エレガンスは普段、土の中にいるのですが、だいたい22℃が好きなので、22℃に保たれた恒温槽(インキュベーター)で飼っています。
扉をあけると、シャーレがたくさんありますね。シャーレの中に寒天培地があって、ここに大腸菌を撒き、線虫はそれを餌として生きています。
木村
実体顕微鏡で先ほどのプレートを見てみましょう。線虫はだいたい1ミリメートルぐらい。ニョロニョロ動いていますね。こちらが成虫で、小さいゴマのように見えるのが卵です。卵は1個の細胞が 2個、4個、8個と分裂していくのですが、最初の1個の細胞はこのくらいの大きさ。非常に大きい細胞で、観察しやすいんです。拡大してみます。中の腸や体の筋、卵が見えるかな。梅干しが入ったお弁当箱のようなのが卵で、梅干しが核。このように線虫は生きている状態で透明なので、体の内部の構造を見ることができます。これも線虫を使うメリットの1つです。
木村
次に、線虫の卵細胞を大きな顕微鏡で詳しく見てみましょう。その実験を小澤知子さんにお願いします。先ほどの線虫を切り、中から卵を出します。
いま小澤さんが右手に持っているのはピッカーといって、釣り針のように先端に針金がついています。これを使い、顕微鏡で確認しながら1匹だけ線虫を取り出します。スライドガラスの上に水を1滴ほどたらし、線虫をのせると、水の中に入れられてグルグル動いています。
木村
その後は、①小さいメスを使って線虫を切る。 ②まつ毛が先端についたガラス棒で、卵を傷つけないように取り出す。 ③先端を細く加工したガラス管で卵を1個だけ吸い上げ、カバーガラスにつける。④卵が潰れないようにまわりにロウをたらして柱を作り、スライドガラスにのせて、卵が生きたまま観察できるようにして固定する。
こうした一連の作業を目にも留まらぬ早業で作業します。そうしないと、どんどん細胞分裂してしまうからです。
木村
卵を1個だけ乗せることができました。何箇所かくぼんでいるのが分かりますか。これが細胞の核です。4個の核があるので、4細胞期になっています。先ほど小澤さんが取ってくれたときは2細胞期だったので、この間に1回分裂したということですね。
木村
次の作業は、隣の部屋にあるもう少し大きな顕微鏡で行います。ここにセットすると、細胞を撮影できます。
木村
これは以前撮影した画像ですが、先ほどよりだいぶ大きく卵が見えるでしょう。
これは1細胞期で、精子由来の核と卵子由来の核がちょうどいま、出会ったところ。この例では、遺伝子操作で将来、線虫の頭になるほうにたまるタンパク質と、お尻のほうにたまるタンパク質を、緑と赤で色分けしています。このように注目したタンパク質がどこにあるかを追いながら撮影できます。
木村
実験室には試薬がいろいろ並んでいて、クリーンベンチといって菌が入らないようにする装置があります。別の部屋には、いま話題のPCR装置や、DNAの配列を読む準備をするためにDNAを増やす装置などがあります。こうした機器を使って研究を進めているわけです。

■線虫を使うメリット

木村
これでバーチャル見学はおしまいですが、ここまでで何か質問がありますか。
高橋
先生はなぜ線虫を使っているのですか。
木村
線虫を使う理由の1つが「世代時間が短い」こと。線虫は3日で世代交代するので、遺伝学の研究に適しています。また体が「透明」なので、先ほどお見せしたように卵の1個1個が見えます。もちろん切り出しても観察が容易です。
それから、「雌雄同体」といって、雄と雌が1つの体の中にあり、卵子も作るし、精子も作る。雄雌が別々だったら交配しながら維持しないといけないのですが、雌雄同体なら勝手に自分の子どもをバンバン作っていくので交配する手間もなく、遺伝子が混ざることもありません。
「遺伝子配列が安定」というのは、遺伝子の中にはトランスポゾン(transposon)といって動き回る遺伝子があるのですが、シー・エレガンスという線虫の特定の種ではそれが少ない。「発生の再現性が高い」というのは、最初にこの細胞が分裂し、次にこの細胞が分裂するというふうに全部決まっていて、個体差がないということです。
もう1つ、シー・エレガンスは22℃が一番適していて、27℃ぐらいになるとすぐに死んでしまう。つまり、「人間の体温で生きられない」。万が一、人の体に入っても体温ですぐに死ぬので、人体に害がないというメリットもあります。
実験動物としての線虫(C. elegans)のメリット
  • 世代時間が短い
  • 透明
  • 雌雄同体
  • 遺伝子配列が安定
  • 発生の再現性が高い(個体差がない)
  • 人間の体温で生きられない
高橋
とてもよく分かりました。

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