公益財団法人テルモ生命科学振興財団

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中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

中高校生が第一線の研究者を訪問
「これから研究の話をしよう」

第10回
ようこそ、細胞建築学の世界へ。

第4章 細胞建築研究室の4大テーマ

木村
ここからは細胞建築研究室の4つのテーマについてお話しします。
細胞の中ではどのような力がかかっていろいろなものが配置されるのか、あるいは中のものがどう動くのか、細胞の「力学」を理解するというのが1つの大きなテーマです。このような力の理解は、なぜいろいろ違う形の細胞ができるのかという「多様性」、あるいは、なぜタンパク質が集まり、特定の調和のとれた形ができるのかという「自発性」の理解につながります。さらに進めて、それが時間的にどう変わっていくか、「時間変遷」を理解したいと考えています。

■力学的理解

木村
建築学では構造計算を行って、形を保つことができるかどうかを確認しますが、細胞建築学でも、細胞の形状や内部の働きを支える力を理解することで、小さい分子とすごく大きな細胞をつなぐことができるのではないかと考えています。
例えば、なぜ核が中央に行くのか? 皆さんも細胞の絵を描くと核を中央に描くと思うのですが、では細胞核はどのように細胞の中央を探し当てているのでしょうか?
この動画をご覧ください。線虫の1細胞期の胚で、卵子由来の核(雌性前核)と精子由来の核(雄性前核)がいまちょうど出会うところです。白く光っているところが中心体で、そこから微小管という繊維状のものが広がっていて、これらが雄性前核を細胞の真ん中に連れていくことが分かります。5分くらいで細胞の中心まで核を運んでいきます。

線虫1細胞期胚(微小管を蛍光標識)

木村
細胞核が細胞の中央に配置される仕組みについては、15年以上前、慶應義塾大学(当時)の大浪修一(おおなみしゅういち)先生の研究室にいたときに取り組みました。当時、微小管が細胞の端を押すことで核が中央に移動するという「押しモデル」と、微小管が細胞内のひもで引っ張られることで、綱引きの要領で核が中央に移動するという「引きモデル」の2つのモデルが提唱されていました。
そこで「押しモデル」と「引きモデル」それぞれで発生している力と微小管の力学的性質をコンピュータでシミュレーションし、実際に核が動く様子と照らし合わせながら比較し、「引きモデル」で中央に配置されていることを見出し、2005年に発表しました。

Kimura and Onami (2005) Dev Cell 8, 765-775

木村
現在、実際に核が中央に移動するとき、どれぐらいの力が必要なのかを特定しようと(これはまだ発表していないのですが)、遠心力をかけながら細胞を撮影できる遠心偏光顕微鏡を使って研究をしています。
この顕微鏡は昨年亡くなられた井上信也先生が作りました。普通、速く回っているとブレてしまいクリアな画像は撮れませんが、この顕微鏡のすごいのは、サンプルが真下に来たところで光を照射するストロボ撮影ができること。コマ送りのような感じで、あたかも回っていないかのように撮影できます。

細胞内で核を動かすのに必要な力の大きさを知りたいと、遠心偏光顕微鏡 (Centrifuge Polarizing Microscope; CPM)を使った計測に挑戦中

木村
こうした顕微鏡を使って、遠心力で核を動かすことで、力を見積もる実験をしています。ここまでで、何か質問はありますか。
内田
核が中央に移動するとき、モータータンパク質が微小管の上を動くことによって引っ張られ、それにATPが関係していることは調べて分かったのですが、モータータンパク質がどう動くのか、基本的なところが知りたいのですが。
木村
ぼくはその専門家ではないのですが、これはとても大事な問題で、いまも解決していません。日本が世界をリードしている分野の1つなので、将来、内田君が研究してくれるといいですね。
内田君が調べてくれたように、移動にあたってはATPが大事な役割を果たしています。モータータンパク質の先端が微小管などにくっ付いているとすると、ATPが付いているときと、ATPが加水分解されてADPになったときとでは少し形が違う。ATPの加水分解反応に応じて、モータータンパク質は微小管との結合の角度や強度が変わっていることを繰り返して前に進んでいくのではないかと考えられています。それがどのように力を生み出しているかには諸説あるのですが、ATPとADPという2つの状態で構造が変わることは間違いなく、それをうまく使って進んでいるのだと思います。
内田
構造が順次、変わっていくということですか。
木村
はい。たぶん足の角度が変わることで歩を進めていく、いくつかの違う構造をとることを繰り返すことによって歩くことができると考えられていると思います。他に何かありますか。久保田さん、どうぞ。
久保田
「引きモデル」で核が細胞の中心に来るのは分かったのですが、時と場合によって、例えば紫外線が当てられるなど何らかの原因で、細胞核が真ん中に来ないような、不良品のような細胞も存在するのでしょうか。
木村
素晴らしい質問だと思います。実は、不良品でなくても細胞核が真ん中に来ないことはあります。細胞は細胞核があるところで分裂するので、細胞核が真ん中にあれば真ん中で分裂するし、細胞核が少し右に寄っていれば、そこで分裂することが分かっています。なので、大きい細胞と小さい細胞を作りたいときに、そういう仕組みをあえて使うことがあります。これを「非対称分裂」といいます。
いま、紫外線が当たる例を挙げてくれましたが、ひものような微小管が切れたり、伸びられない状況になると、真ん中に行けないことがあります。真ん中で分裂できず、すごく小さい細胞ができ、生きられなくなってしまうことはあるので、たしかに不良品になることもあります。ですから、不良品になることもあるし、あえて真ん中に来ない場合もある、というのが答えですね。
久保田
もう1つ、いいでしょうか。核が中央に移動する仕組みと、細胞分裂や減数分裂で染色体が両極に分かれる仕組みとでは、何か共通点があるのでしょうか。
木村
あります。例えば、染色体を分けるときも、核を真ん中に引っ張っていった微小管という細胞内の繊維、ひものようなものを使っていますし、そこにくっ付いているモータータンパク質も同じようなものなので、まず同じ材料を使っているという点で共通点があります。
それから、ぼくたちは染色体を分配させるシミュレーションも行っていて、染色体分配も微小管を使った核の中央配置とほぼ同じモデルで説明できるので、染色体分配と核が中央に行く様子はかなり共通していると考えています。
久保田
ありがとうございます。
木村
たいへん素晴らしい質問、ありがとうございました。

先生のレクチャーを熱心に聞く生徒たち

■多様性の理解

高橋
線虫は研究に使っているシー・エレガンス以外にもいろいろな種類があると思うのですが、どれくらい種類があって、どんなところが異なっているんでしょう?
木村
線虫の種の数についてはあまり詳しくないのですが、およそ4万種といわれています。いまの質問は、2つ目の柱である「多様性の理解」にもつながるので具体的にお話ししましょう。
線虫の卵が分裂して2細胞になり、4細胞になっていくとき、卵の殻の中で細胞はいろいろな形をとります。
シー・エレガンスはダイヤモンド型の配置パターンですが、他の線虫では、ピラミッド型やT字型、串団子のように並ぶ直線型など、異なるパターンをとるものがあります。4細胞期に違うパターンとなる線虫は、卵の形が異なっていることから、卵の形を変化させることによって、細胞配置パターンの変化が説明できるような数理モデルを検討しました。
細胞の接着力が強めのモデルを作ったところ、この数理モデルで、さまざまな細胞の配置パターンが説明できました。
こうしたシミュレーションは、多様性の理解に近づくための研究の1つです。

実際の細胞の変化(動画)

細胞の配置パターンを説明する数理モデル(動画)

異なる線虫種の細胞配置パターン(上段)を、C. elegansの卵殻の形状を変えるだけで再現することに成功(中段)。さらに、このパターンの形状依存の変化を再現する数理モデルを構築した。
上段の写真でピラミッド型を示す種は Enoplus brevis (出典: Schulze and Shierenberg, 2011)、T字型はCephalobus sp. (Goldstein, 2001)、直線型は Belonolaimus sp. (Goldstein, 2001)

■自発性の理解

木村
3つ目が「自発性を理解する」。これはぼくにとって一番大事なテーマです。実際の建物は建築家が設計しているのですが、細胞は現場監督がいるわけでも、誰に命令されるわけでもないのに、きちんと組み上がっている。そのメカニズムが知りたい。
自発性を理解するための題材として選んだのが「細胞質流動」という現象です。
この動画をご覧ください。線虫のお腹の部分を拡大して撮影したものです。赤いのがDNA、緑が卵黄顆粒という細胞質に浮かんでいる果粒です。左側の四角い細胞が卵母細胞で、まだ受精していません。精子がたまっている貯精のうがあり、そこを通過することで受精が起きます。受精直後、細胞内で緑のものがクルクル回る様子が分かるでしょう。

細胞質流動の様子(動画)

木村
これを3次元的に表したのが、この動画です。途中で右回りから左回りになるのが見えますか。

細胞質流動の発生と逆転の力学モデル(動画)

一同
はい、見えます。
木村
途中で逆転するのが細胞質流動の面白いところで、これはあらかじめ決められているわけではなく、途中で気紛れに逆転します。その様子は理論的な計算でも再現できます。
木村
細胞内の構造体の様子に基づいて、流動の発生や逆転を計算で再現できることを私たちは発見しました。計算に用いる数値(パラメーター)によっては、流動がまったく発生しなかったり(図中、濃紺の範囲)や、流動が発生するもののめったに逆転が起きなかったり(図中、赤の範囲)します。流動が発生して、さらにそれなりの頻度で逆転するのは限られたケースなのですが(図中、虹色の範囲)、細胞内に相当する数値(パラメーター)は、この範囲に見事に入っていることが分かりました。実際の細胞でも、流動するが逆転しない、あるいは少し動くけれどあまりまとまりがない流れにしかならないといった状況を、遺伝子操作で作ることができます。これも先ほどと同様に、1つのモデルで、いろいろな挙動を説明できる例です。

■時間変遷の理解

木村
最後の柱が「時間変遷を理解する」。細胞の状態は時間とともにすごく変わっていくのですが、建築の場合、家を建てたらそうは変わらない。しかし、建築も人の流れや都市の歴史までを考えると、かなり変遷していきます。
ぼくたちのこれまでの研究は、核の中央配置や細胞質流動など、それぞれのメカニズムを説明してきたのですが、それを時間的につないで、細胞分裂の最初から最後まで、あるいは発生がかなり長い時間をかけてどう変わっていくのかを説明するモデルを作りたいというのが大きな目標です。
木村
まとめると、細胞建築学の研究としては、①力学的に理解するところでは核の中央配置を中心に研究していて、②多様性では卵の中の細胞の配置、③自発性では主に細胞質流動の研究と、うまく発展してきたと思うので、最終的にはそれを全部つないで、④時間的にそれがどう移り変わっていくのかを理解したいと思っています。

■細胞建築学が可能にすること

石垣
細胞建築学によって、いまは不可能だとしても、将来どのようなことが可能になるでしょうか。
木村
いくつかビジョンをお話ししましょう。現在、細胞は誰も創ったことがありません。例えばiPS細胞も細胞の状態を変えることができるという点で画期的ですが、細胞をゼロから創ったわけではありません。いまのところ、細胞は細胞が創るしかありません。もし細胞が創れるとなったら、いまぼくたちが作っているようなモデル、「このような条件が必要ですよ」といったことが役に立つと思います。ぼくたちの研究はコンピュータ上で細胞を創っているようなものなので、細胞を創るための大切な基礎研究になるはずです。
それから、ぼくができるといいなと思っているのは、細胞から私たちの生き方を学べないかということ。例えば、自己組織化。勝手に振る舞っているかに見える分子が細胞として調和のとれた振る舞いをする仕組みを、人間社会や都市など人工物のデザインに適用できないだろうか。あるいは「足るを知る(知足)」ということ。細胞は大きさに合わせて細胞内の構造を変えています。細胞が小さければ核も小さくなるし、細胞が大きかったら核も大きくなる。細胞には、欲望のままに大きくなろうとせず、ある程度のところで抑える仕組みがあります。細胞の研究を通じて「知足」が分かると面白いかなと思っています。

「細胞建築学は、細胞を創るための大切な基礎研究になります」と木村先生

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