公益財団法人テルモ生命科学振興財団

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中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

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中高校生が第一線の研究者を訪問
「これから研究の話をしよう」

第12回
匂いは生きていくための大切な情報源

第4章 高校の先輩・新村先生に聞く

東原
見学はどうでしたか。最近、脳活動を見る方法がかなり進んできたので、これからはもっといろいろな情報が得られるようになると思います。
では、皆さんが読んだ本の著者である新村芳人先生に加わっていただきましょう。彼は戸山高校出身です。
一同
へえー。
東原
本の感想や質問があれば聞いてください。

新村芳人先生

参加した皆さんが読んだ新村芳人先生の著書『嗅覚はどう進化してきたか―生き物たちの匂い世界』岩波書店(2018)

高橋
先生は、高校時代から嗅覚に興味があったのですか。
新村
いいえ。将来は数学や物理を勉強したいと思っていたので、高校では生物を取っていません。
黒川
匂いにシフトしようと思ったきっかけは? 数学や物理が得意だったことは、匂いの研究につながっていますか?
高校時代は物理が得意だったんですね。

黒川きなり(くろかわ・きなり)さん(高校2年生)

新村
大学院の初めのころまでは物理を専攻していました。生物も少し勉強していて、そのとき興味があったのがゲノム。ちょうどゲノムという生物の設計図の全体像が明らかになってきた時代だったので、遺伝子の解析をコンピューターでできたら面白いなと思ったのが最初です。
そこからなぜ嗅覚になったかというと、まず嗅覚受容体は非常に数が多い。ゲノムの中にたくさんある遺伝子がどのように進化してきたか、そういう興味から嗅覚受容体の遺伝子の研究を始めました。遺伝子の研究をしているうちに匂いにも興味が出てきて、いつの間にかあの本も書いてしまった。
一同
(笑)
新村
嗅覚という学問分野があるというより、いろいろなことをやっていた人が嗅覚に興味を持って集まってきた感じです。いま実験を案内してくれた岡本先生も、もともとは心理学で、いまは匂いの心理学を研究しています。他にも脳の研究をしていて、嗅覚情報をどういうふうに処理するかという神経科学から入ってきた人など、非常に学際的というか、いろいろなバックグラウンドを持っている人が嗅覚という共通のテーマで研究しています。だから、何にでも興味を持って勉強したほうがいいですね。
黒川
読ませていただいた本には、どれぐらいの研究期間の成果が含まれているのでしょう。
新村
自分が研究したことだけではないのですが、ぼくが研究していた期間とすれば、15年ぐらいですね。研究を始めると、やればやるほど新しい疑問が湧いてきます。最初に思っていた疑問とは違う方向に行ったりするので、5年、10年はすぐにたってしまう。皆さんにとって5年、10年は長いかもしれませんが、ぼくたちにとってはあっという間です。
佐藤
もともとは物理で、その後、ゲノムの研究をなさったのですが、その経験が嗅覚の研究にどう役立っているのですか。
新村
ぼくは遺伝子から嗅覚の研究に入ったのですが、まず遺伝子はどういうふうに進化していくかということをアメリカ留学時代に勉強していて、その考え方を使って嗅覚の遺伝子の解析をしました。そこが結構新しかった点ですね。生物が匂いをどう感じるかを遺伝子の側面から説明できることが、先に遺伝子を勉強した強みになっています。あとは、物理学というのは、できるだけ物事を一般化して考えようとする。その考え方は、遺伝子の研究をするうえでも役立っていると思います。
高橋
東原先生から嗅覚受容体の説明を受けて(第1章参照)、匂いを識別する仕組みはわかりましたが、新村先生の本の中にはもう少し詳しく、嗅覚受容体には偽(ぎ)遺伝子が多いと書かれていました。これがよく理解できなかったので、教えていただけますか。
偽(ぎ)遺伝子が気になって。

高橋舜一郎(たかはし・しゅんいちろう)君(高校1年生)

新村
偽遺伝子というのは、昔は働いていたが、今は機能を失ってしまった遺伝子の残骸のことです。例えば、ヒトのゲノムの中には嗅覚受容体の偽遺伝子がたくさんあるのですが、それは何千万年前にはきちんと機能していました。なぜなら、昔の生物にとって必要だったからです。
DNAは突然変異が入ると変わってきますよね。それはどのように変わるかというと、ランダムに変わります。ランダムに変わると、たいていの遺伝子の機能は壊れてしまいます。いままで使えていた遺伝子が機能しなくなると、その生物は困る。そうすると、その生物はうまく子どもをつくれなくなります。遺伝子が壊れたことによって、その生物が子孫を残せなくなれば、壊れた遺伝子は次の世代には伝わらない。ということで、進化的には何も起きません。
ところが、住んでいる環境が変化したりして、突然変異が入って遺伝子が壊れても、その生物にとって何も困らない状況が起きることがある。そうすると、その生物は普通に子どもをつくることができるので、壊れた遺伝子は次の世代に伝わります。長い時間がたって、そういうことを繰り返しているうちに、機能を失って死んでしまった遺伝子がゲノムの中にどんどんたまってきます。わかりますか?
高橋
進化論的に適応した結果、無駄が省かれていった?
新村
無駄が省かれていったというよりも、なくなっても困らないから偽遺伝子になったということですね。生きるために大事な遺伝子は、なくなると困るから、そういう遺伝子が壊れてしまうと次の世代に伝わらない。だから、いま偽遺伝子になっている遺伝子は、偽遺伝子になっても生物が困らないから偽遺伝子になった。そういうふうに考えるといいと思います。
東原
新村先生、ありがとうございました。
一同
ありがとうございました。

*新村芳人(にいむら よしひと):東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 生物化学研究室特任准教授。1971年、東京生まれ。99年、東京大学大学院理学系研究科物理学専攻博士課程修了(理学博士)。国立遺伝学研究所研究員、ペンシルバニア州立大学研究員、東京医科歯科大学難治疾患研究所助教授などを経て、2013年より現職。

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