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中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

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細胞の損傷治癒と細胞の老化の関係

———その後は日本に戻って、名古屋市立大学の講師を経て、2017年からOISTの准教授として、研究室を主宰されています。日本に戻ってからのご研究を教えてください。

名古屋市立大学では中西真(まこと)先生の研究室に所属しました。そのころ中西先生は老化研究を始めたところで、ちょうど今年の1月、中西先生たちは、老齢のマウスに老化細胞だけを死滅させる薬剤を投与したところ、加齢に伴う体の衰えや生活習慣病などを改善することに成功したという論文を「Science」に発表して大きな話題になりましたが、私が中西先生の研究室に入ったのはその研究がちょうどスタートしたころでした。
私は中西研で初めて老化研究と出会い、細胞の損傷治癒のメカニズムが細胞の老化とも関係していることを突き止めることができたのです。

———傷が治るということと、細胞の老化が関係しているというと…?

それまでの細胞の損傷治癒の研究は、細胞膜にあいた穴が塞がって元気になりましたという研究と、細胞膜に穴があいたために死にましたという研究だったんですね。でも、老化研究と出会って、治ったあとに細胞が老化してしまう“第3の運命”があるということに気づいたのです。
細胞に穴があいたり、逆に細胞が硬くなりすぎたりすると、「細胞周期チェックポイント」という細胞周期が順調に進んでいるかをチェックする検問のようなしくみが活性化して、細胞周期が一時的に止まり、細胞は分裂を止めて、穴などを治そうとします。ところがしばらくたっても治せないと、今度は細胞周期が不可逆的に止まり、老化細胞になります。また最近では、細胞膜が傷ついたことを細胞が覚えていることも明らかになってきました。

———そうした老化細胞はどんな性質を持っているのですか。

老化細胞には、いい点と悪い点があります。いい点は、がんを抑制すること。がんはブレーキが効かずにどんどん分裂してしまいますが、それを抑えることができるんです。もう一つよい点は、怪我をしたときに治りを早めたりします。一方、悪い点は、いろんな臓器に古い細胞がたまってしまうと、臓器の機能が低下してしまうことですね。

———老化細胞を取り除くことはできるのですか?

そこが今、世界中でホットな研究として取り組まれています。
地球上の生き物を見ると、すべての生き物が老化するわけではなく、ハダカデバネズミ*とかある種のウニとか、老化しない動物がいます。ハダカデバネズミはがんにもならないし、女王ハダカデバネズミは死ぬ直前まで子どもを産めるといわれています。ヒトについても、老化細胞を薬で取り除く研究が世界中で行われていますから、いつか私たちも老化しないですむ日がくるかもしれません。
私の研究室でも現在、研究対象をヒト培養細胞やマウスにまで広げ、細胞膜の傷を原因とする老化細胞がヒトや動物の中にあることを示し、体の中でどういった作用をしているかを明らかにしようと研究を進めています。一連のメカニズムが解明され、悪い部分を薬で抑えられれば、将来、健康長寿に役立てることもできるかもしれません。

*ハダカデバネズミを研究している三浦恭子先生の記事を読んでみよう!
第37回「茶髪のバンドマンは今、長寿でがん耐性のある研究に熱中」
https://www.terumozaidan.or.jp/labo/interview/37/index.html

———これまでの研究者人生で、転機となったことを教えてください。

2つあります。大隅良典先生からアドバイスをいただいたこと、そして子どもを産んだことですね。

———大隅先生とのご縁は?

2011年、ちょうど留学の6年目ぐらいのときにNY州のコールド・スプリング・ハーバーで「Yeast Cell Biology」という学会が開かれ、大隅先生が出席されていました。そのとき私はどん底で、こんな私が研究者としてやっていけるんだろうかと落ち込むばかりで、とてもつらかったころでした。
大隅先生はオートファジーというご自身のクエスチョンを長年、探究してこられた先生で、研究者たるものこうあるべきという理想であり、憧れの先生でした。そんな先生に、今から思えば本当に愚かな質問をしたと思うのですが、「自分だけのクエスチョンはどうやったら見つかるんでしょうか」と尋ねたのです。それまで私は、自分のクエスチョンがないというのがすごいコンプレックスで、何をやっていても借り物のクエスチョン感がぬぐえなかったんですね。すると、大隅先生は「それは自分の実験ノートの中にあります」と教えてくださいました。
だれかの論文を読んでかっこいいと思ったとか、はやっている研究だからとかではなく、自分の実験結果からクエスチョンというのは立ち上がってくるものだということを教えていただいて、目から鱗が落ちた気がしました。それまで私は、隣の人は私よりよくできる、あの先輩はスマートに研究を進める、私なんかが研究をやっていていいのかとグズグズ思っていたのですが、研究者というのはみんなそれぞれが違う山の頂上をめざして登っているのであって、隣の人が速いか遅いか、優秀かどうかというのは関係ないと気づきました。いろいろ足りないところはあるものの、自分のクエスチョンに対して、今の自分の持てる力でがんばるしかない。研究者として優秀かどうかではなく、実験の結果、研究の結果こそがすべてなんだと、研究者として生きていく覚悟が決まった大きな転機でした。

研究会で大隅先生とご一緒したときの1コマ(2017年2月)

———お子さんの誕生という転機についても教えてください。

2人目の子を産んだのが、ちょうど研究室主宰者としてOISTに移ってきた時期です。
上の子が3歳、下が4カ月のときにOISTに来て、とにかく体がしんどいわ、頭が働かないわで、同じユニットでサポートしてくれる夫のおかげで乗り切ることができたのですが、子どもができると、自分が支える側にまわるというか、自分より大事なものができるんですよ。そうすると、研究の主役の座を若い人に明け渡してサポートする側に回ることがごく自然なことに思えました。目の前に困っている赤ちゃんがいるのと同じように、ラボメンバーがハッピーになるようがんばろうという気持ちになって、いい意味で自分という存在が軽くなって、過剰な自意識に悩まされることがなくなりましたね。

河野ラボのメンバー。5つの国から来た仲間が集まっている。右端がパートナーの森山陽介博士(2021年3月撮影)

———中高校生にメッセージをお願いします。

何かに夢中になって「ハマる」経験をどんどんやってください。そういう体験がのちのち生きてくると思います。
あとはスポーツでもピアノでもなんでもいいんですが、練習して技術を習得するような活動をやっておくと、実験科学者には役立つと思います。実験系は小器用な感じではだめで、根性や体力、打たれ強さ、失敗しても負けないでがんばるといった力が必要なんです。
それから、生命科学の研究者になりたいという人は生物の勉強が好きな人が多いのではないかと思いますが、国語とか英語、数学、物理、化学などものちのち効いてくるので、万遍なく勉強しておくといいと思います。どの教科も、論理性や抽象化する力、本質をつかむ力など、研究者に必須の知的能力を鍛えることに効いてくるので、物理はいらないとか、化学は苦手、ではなく、万遍なく勉強することをお勧めします。

(2021年4月30日更新)