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中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

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チンパンジーの社会的知性について知りたい

友永先生は松沢先生といっしょに研究をされていたんですね。

ええ、大阪大学の「人間」科学部に入学したんですが、1年生のときに、チンパンジーに手話を教えるという本を読んで、がぜんチンパンジーに興味がわいたんです。そこで、霊長類の研究をしている研究室があったのでそこに入り、いくつかの実験をして学会発表をしたときに松沢先生と出会って、阪大の大学院に通いながら京大の霊長類研究所で研究をすることになったのです。松沢先生とともに、「チンパンジーが世界をどう認識しているのか」というテーマに取り組みながら、こころがどう進化してきたかや霊長類の社会的知性についても探っています。

こころはどのように生まれて、進化してきたのかしら?

食べ物を見つけるために進化してきたという仮説があります。いつどこに行けばエサにありつけるか、見つけた食べ物をどう加工したり、保存したりするか、分け合うか。これによって、たとえば、空間的認知や記憶をつかさどる海馬が発達していくわけですね。

もうひとつの仮説は、群れで暮らすようになったからというもの。敵に捕まえられにくくするとか、エサを効率的に見つけるなど、群れで暮らすほうが霊長類にとっては生存に有利です。でも群れで暮らすには、他人とうまくやったり、他人を出しぬいたりなど、社会のさまざまなしがらみに対処していかなくてはならない。こうして社会的な知性やこころが進化していったというのです。これを、「ソ-シャル・ブレイン」とか、「社会脳仮説」、あるいは他人を出しぬくなど権謀術数をめぐらすことから「マキャベリ的知性仮説」といいます。

仮説1
食べ物を見つけるため

仮説2
群れで暮らすようになったから説

仲間と助け合ったり、競争したりするなかで知性やこころが育つわけかぁ!

社会や集団の中でこころが進化するとして、では生まれてからすぐにそうした社会的知性が発達するかというと、そんなことはないでしょう。たとえば相手のこころを読む能力は、ヒトでも5歳ぐらいから発達するとされています。そこで私たちは、人間の赤ちゃんの発達と、チンパンジーの赤ちゃんの発達を比較してみることにしました。そのときに注目したのが「視線」です。

視線というと・・・?

よく「目はこころの窓」と言いますね。私たちは他人の目を見て、その人がどこに注意を向けているのか、いま何を考えているのなどを推測しようとします。赤ちゃんも最初は視線が定まらないのですが、生後2カ月ぐらいで、養育者、たとえば母親と見つめ合う時間が長くなり、見つめている人に向かってほほえむようになります。これが「ほほえみ革命」と呼ばれる視線のやり取りで、ヒトの社会的知性の発達の、第一のエポックメーキングです。

アイコンタクトってわけニャン。

見つめ合い、ほほえみを交わすことによって、自分と他者の間に社会的コミュニケーションが成立するわけですね。チンパンジーの場合にも、生後2カ月くらいから母子の見つめ合いの頻度が増加し、アイコンタクトなどインタラクティブな反応が急激に増えてくることが、私たちの研究から分かりました。チンパンジーにおいても、ほほえみ革命を経て親子の愛情が深まっていくと考えられます。
ただ、ヒトでは生後9カ月以降になると、たとえば母親がおもちゃを見ているとそちらを注視する、親が指さす方向に目を向けてたがいに見つめ合って共有するなど、自分と他者、そして外界のモノとの間(三項関係)でのより高度で複雑な社会的関係に注意が向くのですが、チンパンジーではこの三項関係が成立しないのです。

そのことはチンパンジーの社会的知性の発達にどのように関わってくるんでしょう?

こうした三項関係が成立することが、他者の心的状況を理解するなど、複雑な社会を形成していくためのこころや知性の発達の基盤になっていると考えられますから、チンパンジーには、ヒトのような複雑な社会やそれを成り立たせる言語やこころの発達が制約を受けると考えられるのではないかと思います。
こうした違いは、ひょっとしたら、チンパンジーとヒトの目の構造によるところも大きいのかもしれません。

チンパンジーとヒトの目って、どこが違うんですか?

ヒトの目は横長で、白目と瞳のコントラストがはっきりしているので、どこに視線を向けているのかがハッキリ分かりますよね。それに対してチンパンジーの目は、白目はほとんどなく(白目に色がついている)、可動域も小さいためどこを見ているかは分かりにくい。そんなことからも、他者の視線に注意を向け、他者のこころを推し測るというような高次な認知能力に違いが出てくるのではないかと思います。