公益財団法人テルモ生命科学振興財団

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中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

中高校生が第一線の研究者を訪問
「これから研究の話をしよう」

第14回
キリンの首がよく動くのはなぜ?
生き物の身体の形と機能に潜む“意味”を探究

第1章 講義

2 キリンの首を解剖してわかったこと

2-1 進化の過程で獲得された「首」という器官
郡司
ここからキリンの首の話をしますが、そもそも首とは何なのか。皆さん、首がどこか指差すことはできると思うのですが、「首はどこからどこまでなのか」となると、うまく説明するのは難しいのではと思います。
進化的に「首」とは何か? 私たちヒトを含む脊椎(せきつい)動物の仲間が首という器官を獲得したのは、いまから3億5000万年くらい前、四足動物が生まれたての頃です。地球上に生息する脊椎動物はまだみんな魚類だった時代で、その仲間の一部が手足を持ち、陸上で生活するよう進化しました。そうした原始的な、最も祖先的な四足動物の仲間が、最初に首という構造を手にした脊椎動物だといわれています。
魚の仲間は、頭の骨と肩の骨が関節して(骨によってくっついて)います。私たちの首にあたる部分にはエラがあり、エラを支える骨によって頭の骨と肩の骨が一体になっています。そうした魚の仲間から原始的な四足動物が進化していく過程で、エラという構造が失われます。エラが失われたことで頭の骨と肩の骨をつないでいた骨もなくなり、頭と肩が離れることになった。腕が頭から離れたことによって、原始的な四足動物はこれまでの魚よりも腕を比較的自由に動かすことが可能になり、陸上で歩き回るのに都合のいい身体を手にしたといわれています。
自由な腕を獲得するタイミングで副産物として生じたのが、肩と頭の隙間にあたる首と呼ばれる構造です。首が獲得されたことは、生物の進化において結構大事です。なぜかというと、それまでは肩から頭まで一体となっていたので、身体ごと動かさないと振り向けなかったのが、首を獲得したことで首だけ動かしてキョロキョロと後ろを見ることができるようになったからです。あと、高い所にある餌や湖の底にある水草など、届かなかった場所の食べ物も首を伸ばすことで食べられるようになりました。このように、視覚認知や採食行動において首の獲得はとても重要なファクターになったのです。
2-2 哺乳類の身体づくりの基本は“7つの頸椎”
郡司
解剖学的にいうと、首とはどこなのか。私たち脊椎動物の身体の中には脊椎と呼ばれる棒状の構造が入っています。脊椎動物の最大の特徴は脊椎を持つことです。アゴや手足を持たない脊椎動物はいますが、脊椎を持たない脊椎動物は1種も存在しません。
この脊椎のうち、胴体と頭の隙間にある肋骨が付いていない脊椎骨が首の骨、頸椎(けいつい)と定義されています。私たち哺乳類は、頸椎という骨の数が、首が長かろうが短かろうが、7個という身体づくりの基本ルールがあります。これは哺乳類における1つの大きな制約です。
ちなみに、これまで地球上に生息した動物の中で最も頸椎が多いのが、アルベルトネクテスという絶滅した爬虫類の仲間で、76個の頸椎を持っています。
哺乳類の仲間は頸椎の数に関してとても保守的で、ほとんど変化していないのですが、爬虫類や鳥類を眺めると、その数は多様性に富んでいます。なぜ哺乳類だけ、頸椎の数が保守的に制限がかかるようになったのか、その理由はいまだによくわかっていません。

コラム
キリンの脊柱の構造

頸椎、胸椎というのは、脊柱の一部を構成する骨の名前。脊柱は、椎骨と呼ばれる骨がいくつも連なってできており、それぞれの特徴に基づき5つのグループに分れている。

・ 首 部 分 :頸椎
・ 胴体部分:胸椎
・ 腰 部 分 :腰椎
・ 骨盤部分:仙椎
・ 尻  尾:尾椎

哺乳類において、頸椎と胸椎を区別する最大の特徴は、肋骨の有無。胸椎の左右には肋骨が接しているのに対し、頸椎は肋骨を持たない。
出典:『キリン解剖記』(ナツメ社)

2-3 よく動くキリンの首を徹底解剖
郡司
キリンも哺乳類のルールに則って頸椎の数は7個ですが、キリンの首は私たちと同じ骨の数でできているとは思えないぐらい柔軟で、しなやかに動きます。首をぐにゃっと曲げて自分のお尻の匂いをかいだり、首の付け根にキスするような動作もできる。あと、キリンのオス同士は首をブンブンと振り回して戦う行動を行うことが知られています。
キリンの頸椎の数は私たちヒトと同じだけれど、首の動き方が他の哺乳類とはまったく違うのはなぜ? 頸椎の数は哺乳類では基本的には7個だといわれているけど、本当にそうなの? これが、私が大学院でやっていた研究における疑問であり、スタート地点でした。
●キリンの近縁•オカピと比べてみる
郡司
私が研究を始めるにあたり、非常に重要な過去の研究がありました。キリンの近縁に、首の短いオカピという動物がいます。キリンとオカピの頸椎を見比べると、かなり形が違います。第七頸椎を横から見たとき、背中側の骨がキリンは短いのに対し、オカピはとても長い。キリンは横に血管が通る穴が開いているのに、オカピは開いていない。あと、キリンではお腹側の下のほうに変な突起があるのに対し、オカピにはない。このように、形の特徴があまり似ていないことが過去の研究でわかっていました。
では、第七頸椎の次にくる第一胸椎の形はどうか? これを見比べても、やはりキリンとオカピでは骨の形は似ていません。キリンは上に伸びている突起が前のほう(写真で左側)に倒れているに対して、オカピでは後ろ側に倒れていたりと、突起の形状が少し違うこともわかっています。この研究ですごく大事なのは、キリンの第一胸椎とオカピの第七頸椎の形がよく似ているという指摘です。ただし、形が似ていることが何を意味しているのかは、いま一つよくわかっていませんでした。
そこで私は「形が似ているということは、動きも似ているのではないか。キリンの1番目の胸椎は、オカピの7番目の頸椎のような働きをしているのではないか」という仮説を立て、研究を進めました。
他の動物では、7番目の頸椎は首の運動の支点になると考えられています。一方、胸椎は左右に肋骨がついているので、うまく動かすことができません。頸椎の一番最後の部分である第七頸椎は、首の動きの根っこの部分を担う非常に運動性の高い、よく動く骨であることがわかっていました。ということで、「キリンの第一胸椎は、左右に肋骨が付いているけれども、他の動物の第七頸椎のようによく動くのではないか」ということに着目して研究を進めました。
2-4 動かないはずの第一胸椎が……
郡司
仮説を検証するため、解剖して調べました。手でキリンの首を動かすと、第一胸椎と呼ばれる骨がクルクルと回り、よく動くことがわかりました。具体的には、遺体の各所にまち針を打ってマーカーとし、動かしたときに何度くらい傾いたか、後からパソコンで計算できるようにしました。
また、生き物の身体の中を非破壊で調べることができる、CTスキャンという医療機器も使いました。動物専用のCTスキャンにキリンの遺体を通して調べた結果、キリンは第一胸椎がとてもよく動き、他の動物と比べてはるかに高い可動性を持つことが判明。また、近縁のオカピやシカ、ヤギ、ヒツジなどの第一胸椎には可動性がほとんどないことも明らかになりました。
郡司
キリンもオカピも第一胸椎は肋骨を持っているという意味では同じなのに、なぜキリンの第一胸椎だけが高い可動性を持つのか。もしかすると、骨格の構造が特殊化しているのではないか? 肋骨は通常、2つの背骨の間にまたがるように関節しています。キリンとオカピで同じ部分の肋骨のつき方を比べると、キリンは第一肋骨と第二肋骨の位置がほんの少しだけ後ろにずれていて、背骨の動きを干渉しないような位置にシフトしていました。このちょっとしたずれによって、肋骨がついてはいるけれども、それによって生じる動きの阻害が最小限になっていたのです。
さらに、キリンとオカピの筋肉の構造を比較すると、キリンの首の付け根部分の筋肉は少しだけずれていて、それによって筋肉が収縮すると、第一胸椎が動かされる構造になっていました。手でキリンの首を動かすと、第一胸椎が動くことはわかっていたのですが、この筋肉の構造により、外からの力がなくても筋肉の収縮と連動して第一胸椎が動くことが明らかになりました。
●生活に適した形に進化していた
郡司
「特殊な形を持っているキリンの第一胸椎は、第七頸椎として機能しているのではないか」が最初の仮説だったのですが、解剖によって
①キリンの第一胸椎は他の胸椎よりも高い可動性を持つ
②キリンの第一胸椎では肋骨による可動制限がとても小さい
③頸長筋が収縮すると第一胸椎が動く、ということがわかりました。
これらの結果から、「キリンの第一胸椎は左右に肋骨がついていて、定義上はあくまで胸椎と呼ばれる骨なのだけれども、他の動物の胸椎と比べるとはるかに高い可動性を持ち、あたかも8番目の『首の骨』のような働きを持っている」と、結論づけられました。
キリンは、私たちヒトと同様、頸椎と呼ばれる骨は7個しか持っていません。しかし、筋肉や骨格、骨の形を少しずつ変えることで、よく動く胸椎を獲得し、頭の届く範囲、首の柔軟性が格段に増したということが明らかになったのです。
キリンは首が長いというイメージが強いと思いますが、脚も長い生き物です。しかも、後ろ脚よりも前脚が長いのが大きな特徴で、首の付け根の位置が少し上に上がっています。高い所の葉を食べるときは有利なのですが、地面の水を飲むときは、地面が遠くなってしまう分、何らかの工夫が必要になってきます。これまでの研究では、足を大きく開くことで首の付け根の位置を下げ、地面の水に近づけているといわれていましたが、そういった行動学的な対処だけでなく、よく動く第一胸椎という身体構造の変化で高い所の葉を食べられ、地面の水も飲めるという身体が進化の過程で手に入ったのではないかということが、これらの研究によってわかりました。

3 最新の研究 ー解剖学の知見をロボット開発に生かすー

郡司
これまで培ってきた解剖学的な知見を生かし、工学部の先生方のロボット開発のお手伝いをしています。写真はトナカイの後ろ脚ですが、筋肉が膝から脚先までつながってついているので、太腿骨を持って動かすと、脚先まで曲がる。逆に脚先を伸ばすと、膝も伸びるような構造になっています。筋肉は幾つもの関節にまたがってついていて、1つの筋肉で複数の関節を連動して動かすことができます。
こうした解剖学的な特徴を生かして開発したのが、ウマの身体構造を模倣した4脚ロボットです。仕組みは、生き物の股関節にあたる部分にシンプルで安価なモーターをつけ、大腿骨をブンブン振り回す。たったそれだけですが、関節同士の連動性が生まれる構造を採用したことで、脚が地面に接地して脚先の関節が伸びると膝の関節もぐっと伸び、自然と体重を支えるような運動が生まれます。
複雑なコンピューター制御ではなく、左右に振り回すモーターを載せているだけなのに、生き物らしい非常によく動くロボットができました。生き物の身体の構造はとてもよくできていて、そこから学べることはたくさんあるのではないかという例です。私の講義は、ここで一区切りにしたいと思います。
一同
(拍手)
郡司
ありがとうございます。

「ウマの脚内連動機構を活用可能な後半身ロボットの開発」宮下和大(大阪大)、増田容一(大阪大)、福原 洸(東北大)、郡司芽久(国立科学博物館)、多田隈建二郎(東北大)、石川将人(大阪大) ROBOMECH2020

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