公益財団法人テルモ生命科学振興財団

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中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

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中高校生が第一線の研究者を訪問
「これから研究の話をしよう」

第16回
昆虫は季節の移り変わりを
どうやって知るんだろう?

第1章 講義

1-1 昆虫たちの環境適応を探る

■昆虫を対象に、生き物の共通性と多様性を知る
後藤
私が所属している理学部生物学科動物生理学研究室のメインテーマは、生物は変動する環境をどのように予測し、対応しているのかの研究です。対象にしているのは、ハエやカメムシ、コオロギ、ハチ、ユスリカ、植物につくハダニや田んぼにいるカブトエビなど、昆虫および昆虫以外の無脊椎動物。いろいろな生き物を調べることによって、生き物の共通性と多様性を知りたいと考えています。
 
「なぜ昆虫なんか研究しているんですか。ヒトや哺乳類のほうがいいのでは?」とよく言われますが、私からすれば「いやいや、みんなはなぜ昆虫を研究しないの?」。というのも、この円グラフが示すように、地球上の生物の種数を見るとほとんどが昆虫。皆さん気づいていないだけで、世の中の生物のほとんどは昆虫です。なので、昆虫を調べることによって生き物の本質、もしくは多様性をより明らかにできるのではないかと思っています。
■潮汐(ちょうせき)への適応:2つの時計で活動時期を知るマングローブスズ
後藤
さて、私たちを含む陸上の生物は、昼と夜からなる1日の周期の下で生活しています。1日のリズムを刻んでいるのは概日時計*1で、私たちヒトの場合は脳の視床下部の視交叉上核(しこうさじょうかく)*2というところにあります。私たちは進化の過程で獲得したその時計に合わせて、朝起きて夜寝るという生活をしています。
しかし、生物が時間や季節を知るのは、概日時計だけではありません。例えば、潮の満ち引きのある潮間帯*3に生息している生物は、潮汐周期にもさらされています。24時間という昼夜の周期だけでなく、12.4時間という満潮・干潮の周期もかかるので、かなり複雑な周期の中で生きていることになります。
例えば、沖縄のマングローブ林の潮の満ち引きがあるところに生息しているマングロ ーブスズ。普通のコオロギと見た目で違うところは、非常に触角が長く、翅(はね)がないこと。彼らはなぜだかわからないけど、翅をなくす進化をした。でも、翅ってコオロギにはとても重要だよね。どうして重要?
 
※1:生物が持っている体内時計で、おおむね1日周期であることからこう呼ばれる。
※2:左右の視神経が交差する「視交叉」の上部にある神経細胞が集まりで、概日時計の中枢的な役割を果たす。
※3:潮の満ち引きによって海の中になったり陸になったりする場所。
生徒
音を出すため。
後藤
そう、コオロギは翅で音声コミュニケーションをする。では、翅がないマングローブスズはどうやってコミュニケーションするかというと、おそらく化学物質をうまく受け取るために、触角が長くなったのではないかと。こんなコオロギを沖縄に行って捕まえてきて、研究しています。

マングローブスズ

後藤
さて、マングローブスズは、潮の満ち引きに合わせて12.4時間で動く「概潮汐時計」と24時間で動く「概日時計」という2つの時計を持っていて、干潮時の夜、活発に活動する。2つの時計を使って、いま動くべきか、じっとしているべきかを決めています。では、私たちが持っていない概潮汐時計ってどんな仕組みなんだろう、概潮汐時計はどこにあるんだろう……、そんな研究をしています。

マングローブスズの2つの時計周期

■極限環境への適応:南極に生息するナンキョクユスリカ
後藤
昆虫は非常に多様で、山や海、砂漠、赤道直下から高緯度地方など、地球上のどこにでもいます。そして、南極にいるのがナンキョクユスリカ。南極で捕まえてきて、現在、研究室で飼っています。

ナンキョクユスリカを探す後藤先生

後藤
ナンキョクユスリカは、南極大陸上で一生を過ごす最大の生物です。といっても、体長は6mmぐらい。皆さんはペンギンやアザラシが南極の陸の生き物だと思うかもしれないけど、彼らは基本的に海で暮らす、海の生き物なんですね。
ナンキョクユスリカは成虫になるまでに2年かかります。生まれてから3回目の夏、ようやく成虫になる。彼らがどうやって南極の季節を知っているのか、ものすごく疑問ですよね。夏になったら成虫になるのではなく、ひと夏、飛ばすんですね。その季節を知る仕組みが知りたい。

ナンキョクユスリカの成長サイクル

後藤
また、ナンキョクユスリカは高いストレス耐性を持っています。南極が非常に過酷だからでしょうね。体の水の70%を失っても生きています。海水中で7日間、無酸素で7日間も生存し、酸・アルカリにもすごく強い。それはどういう仕組みなのか、という研究もしています。
■季節への適応:厳しい時期を「休眠」で回避
後藤
地球上には季節があります。中緯度地域には春夏秋冬、低緯度地域なら雨季乾季のような形で季節が2つ。このように大きく変動する環境下では、生きていくのに、あるいは繁殖するのに非常に厳しい時期が存在します。昆虫たちは、そういう厳しい季節をどうやって越えているのか?
それが「休眠」という仕組みです。休眠は、遺伝的に決定された内分泌系を介した積極的な「発育停止」。冬眠と近いのですが、発育をやめるのが非常に特徴的です。 例えば、ナミニクバエというハエがいます。彼らを秋の条件で飼うと、サナギになった途中で発育を止めます。自分自身でホルモンを出すのを積極的にやめて、発育しないという選択をする。
一方、夏の条件で飼うと、休眠せず、速やかに発育し成虫の頭ができていく。自分自身でホルモンを制御して発育する・しないを決める昆虫って、すごいよね。私たち人間は「大学生になりたくないから高校生で発育をやめる」なんてできないからね。

ナミニクバエ

ナミニクバエのサナギ
左:非休眠 右:休眠

後藤
ホソヘリカメムシの場合は成虫で休眠します。成虫の休眠ってどういうことかというと、生殖腺の発達が変わる。この写真は雌の成虫のお腹を開いたところですが、秋の条件で飼うと卵巣が小さい。でも、休眠しない夏条件では、卵巣が発達して卵ができています。こういう形で、彼らは厳しい季節を耐えているのです。

ホソヘリカメムシ

ホソヘリカメムシの卵巣
左:非休眠 右:休眠

1-2 季節反応を制御する仕組みー光周性ー

■光周性とは
後藤
いまお話しした、繁殖や休眠などの生理活動を調節制御する仕組みが「光周性」で、昆虫たちは、1日の明るい時間と暗い時間の長さの比(光周期)を用いて季節を知ります。
例えば、大阪のような北緯35度のところであれば、夏至には明るい時間の長さ(日長)が15時間半ぐらい。秋分になると同じ長さになり、冬至には明るい時間が短くなって11時間ぐらいとなだらかに変化します。
後藤
この光周期の変化を見ることで、ナミニクバエは休眠する・しないを決めています。例えば16時間という長日条件で飼育すると非休眠になり、速やかに発育します。そして、明るい時間がどんどん短くなると、彼らは自分自身でホルモンを出さなくなり、休眠する。ここまでは大丈夫?
全員
(うなずく)
後藤
光周性では、まず光の情報を受け取らなければならないので、入力系が重要になります。次に、入力情報を何らかの形で統合することが必要になります。時計を使 って1日の情報を得たり、明るい時間が何時間なのかを測ったり、短日がどれぐらいか続いているかをカウントする計数機構などが統合されます。そして、内分泌系、つまりホルモンの量を変えることによって、休眠する・しないを決める。このような、入力―統合―出力が、どのような仕組みでコントロールされているのかを探っています。
■カメムシで概日時計と光周性の関係を調べる
後藤
研究室ではさまざまな種を用いて、光周性の仕組みにアプローチしています。ここではカメムシで話をします。カメムシは皆さんにとってはただの臭い虫かもしれませんが、実際には農業害虫です。ホソヘリカメムシは大豆の害虫、チャバネアオカメムシは果樹害虫でナシなどを食害します。ナガメはキャベツなどの菜っ葉を食べるカメムシ。このように農業害虫なので昔から研究されています。

ホソヘリカメムシ

後藤
この写真は、ホソヘリカメムシの雄の生殖腺です。精巣があって、根元のところに精巣附属腺、いわゆる精液をためるところがあります(A)。長日、つまり夏の条件だと彼らは繁殖モードなので、精液をたくさんためています(B)。短日条件では、冬越しのため繁殖をやめているので、精液がたまっていない(C)という明瞭な光周反応を示します。
■概日時計は「負のフィードバックループ」で時を刻む
後藤
いまから80年以上前、ドイツの植物生理学者・ビュニング(Erwin Bünning)という人が日長の測定に概日時計が関わることを提唱しましたが、日長の測定と概日時計の関係は謎でした。
その後、分子生物学の進展によって、概日時計の仕組みは遺伝子レベルでかなりわかっています。簡単に説明すると……
 
  • 概日時計遺伝子のうち、サイクルとクロックといわれる「正の因子」が他の遺伝子の転写と翻訳を誘導する。
  • 翻訳された遺伝子の中には「負の因子」もあり、負の因子が翻訳されると、働き合って今度は正の因子を抑制する。
  • 正の因子が抑制されると働けなくなるので、他の遺伝子(負の因子も含む)の転写・翻訳が進まなくなる。
  • 負の因子の転写・翻訳が進まないと正の因子が抑制されないから、再び転写と翻訳が誘導される。
 
このような「負のフィードバックループ」によって、振動が生まれ、概日時計が回っています。昆虫の話ですが、使っている遺伝子は私たち人間の概日時計遺伝子とほぼ同じで、昆虫の概日時計遺伝子の機構を明らかにしたという成果で2017年に3人の博士がノーベル生理学・医学賞を受賞しました。
■概日時計遺伝子を壊すと季節もわからなくなる
後藤
では、この概日時計遺伝子が光周性の日長測定にどのように関わるのでしょう? そこで私たちは複数の概日時計遺伝子の働きを阻害する実験をやってみました。「RNA干渉法」といい、2本鎖RNAを昆虫に導入することで、遺伝子の発現を抑制する方法です。その結果をまとめたのが次の図です。
精液をためている精巣附属腺は短日では発達せず、長日では発達するという明瞭な光周反応があります。負の因子を抑制したところ、正の因子がずっと働き他の遺伝子の転写を促し続けるので、短日条件でも長日条件でも長日反応となり、精巣附属腺が発達し、光周性が失われました。一方、正の因子を抑制すると、転写などが起きなくな ってしまうので、短日反応になりました。この研究で、日長測定に概日時計遺伝子が関わっていることが明らかになりました。概日時計遺伝子を働かなくすると、1日がわからなくなるだけではなく、それに伴い季節もわからなくなるんですね。
■世代を越えた光周性「キョウソヤドリコバチ」
後藤
いまお話ししたホソヘリカメムシは、光周期を見て「秋だな、精巣附属腺の発達をやめちゃおう」と自分で決めるのですが、ハエのサナギに寄生するキョウソヤドリコバチは、お母さんが光周期や環境を見て、その状態を卵巣を介して何らかの形で卵に「いま秋よ」と伝えることで、子が幼虫の段階で発育を止め、休眠する。つまり、世代を越えた光周性です。

キョウソヤドリコバチ

後藤
私たちは2022年にお母さんが使う重要なホルモンを発見し、発表しました。長日条件では「JH III」というホルモンの量が上昇することによって卵巣が変わり、次世代が非休眠になる。一方、お母さんが短日条件下にあると、自分のホルモンの量をギューッと下げ、それに卵巣が反応し、卵に情報が渡って幼虫で休眠することがわかりました。
■共通性と多様性に注目し、季節適応機構を解明したい
後藤
これまでいろいろな昆虫を使って光周性の研究をしてきました。光を受容し、さまざまな情報を統合し、出力系を変えるという基本的な共通性はあるのですが、種によって、メカニズムがかなり違うんですね。光周期だけを見ている生き物もいれば、温度との関係が重要な種もいるし、光受容器として何を使うかなど、それぞれ違う。でも、概日時計遺伝子が関係しているという点は共通です。
 
なぜこんなに多様性が生まれたのか、正直、現在のところはまだわからないのですが、彼らが適応している環境の違いや進化的な歴史も関わっているのではないかと考えています。
このように私たちは、昆虫たちの共通性と多様性に注目しながら、季節適応機構の全貌を明らかにしたいと研究を行っています。

1-3 都市環境が昆虫に及ぼす影響

■夜の明るさが昆虫に与える影響を調査
後藤
私たちは、社会との対話という部分も含め、都市環境が昆虫に及ぼす影響を探る生態学的な研究もしています。
都市では夜も明るいけど、夜の明るさはこれまでの地球にはなかった環境ですね。そんな環境に昆虫たちはどんな反応をしているのでしょう?
都市の夜の明るさを調べようと、理学部のすぐ裏に棚を作り、そこに照度計を置きました。
後藤
青い線が天文学的日長で、日の入りから日の出までの時間を測っています。これは天文学的に決まるので、棚をどこに置いたかは関係なく、季節が進むに従って明るい時間が短くなっています。
後藤
夜間照明が少ない場所で、1luxより明るい時間が何時間続いたかを調べると、天文学的日長と平行して短くなっていきます。0.1luxレベルでも短くなっていきますが、時々、ピコンピコンと上がっているのは夜間照明の影響。0.01luxより明るい時間はほぼ24時間です。
近くにコンビニがある夜間照明が多いところではどうでしょう。天文学的日長は同じように短くなっていきますが、ここでは1luxよりも明るい時間が20時間以上あり、夜でも1luxより明るいことがわかりました。実際に調べてみると1~10luxぐらいありました。ということは、昆虫の光周性が影響を受けそうですね。
■ハエの休眠を都市環境が妨害
後藤
ニクバエの幼虫を夜間照明の少ない棚と多い棚で飼育し、休眠に入るかどうかを比較しました。ニクバエの幼虫は明るさを見て、休眠する・しないを決めます。夜間照明の少ない棚に9月半ばに置いたものは、最初のうちは休眠しませんが、季節が進むに従って休眠率がぐーっと上がってくる。つまり、明るい時間が短くなっていくことに反応して「もう秋だな、休眠しよう」となる。
夜間照明が多い棚の休眠率は、予想どおりぐっと低いんですね。本来、秋の後半になると明るい時間が短くなるので休眠すべきなのに休眠に入りません。

産仔(さんし):ナミニクバエは母親の子宮内で卵が孵化し、幼虫が産み落とされる

後藤
都市の照明や温暖化によって昆虫が影響を受けているということは、みんなが想像していましたが、それまで調べられていなかったので、照明の影響についてきちんと調べて報告したら、新聞でも報道され、大きな反響がありました。

1-4 まとめ

■研究を通じて科学的思考力を磨け
後藤
多くの昆虫は光周性によって季節を知り、自分自身の生理状態を変化させて季節に適応しています。その仕組みは、いまだに謎に包まれているし、さらに種によって違うんですね。光周性の研究は生物の共通性と多様性を垣間見られる興味深い学問分野だと思っています。
さて、今日ご紹介した研究を行ったのは、ほとんどが学生です。私はどちらかというと学生の相談に乗って、学生に「こういう方向の研究がいいんじゃない」と話していることが多いですね。話す中で、学生が「こんなことをやりたい」というところから研究が始まっています。
学生自身が新しい発見をし、その成果を自分の名前で世界に発表し、科学の世界に名前を残している。その過程で学生自身が科学的思考力を磨いていきます。
大学4年生から研究するとしたら、みんなにとっては5年後とか6年後ですね。近い将来、このような研究に触れることで、いろいろなことが見えてきます。とても楽しいですよ。

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