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中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

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細胞生物学の視点で胸腺の謎に気づく

———博士課程は、どこのラボで研究することにしたのですか。

古巣に戻ると甘えてしまうので、東京大学、大阪大学、京都大学から興味のある研究室を1つずつ回りました。東大と阪大からはポジティブなお言葉をいただけたんですが、京大の月田承一郎(つきた・しょういちろう)先生からは、この世界でやっているかどうかは、あなた次第ですよ、というようなことを言われました。ドキッとしましたが、それは確かにそうだと感じ、逆にちょっと好感を抱きました。さらに、先生の「ぼくらのサイエンス」という言葉にオリジナリティを大事にする哲学を感じて、ああ、やっぱりアカデミアに戻りたい、と改めて思いました。ただ、「志望者が多くて受け入れられるかわからない」とも言われていたので決めきれず、もう1回お会いしたいと連絡したんです。すると、「せっかくだから五山の送り火を見においで」と言われ、面談のときとは打って変わってウェルカムな雰囲気で迎えていただき、厳しくも和気あいあいとサイエンスを楽しむ雰囲気にふれ、「ここにしよう」と心は決まりました。

———月田先生は上皮細胞の接着構造で有名な方ですね。

はい。上皮細胞の「タイトジャンクション」に関わるタンパク質「クローディン」を発見された先生*です。皮膚や臓器の表面は上皮細胞同士がピタッと密着してバリアをつくり外敵の侵入を防いでいます。そのバリア構造をタイトジャンクションといい、クローディンはそこで細胞間を接着する働きをしています。
私はとくに上皮細胞に興味があったというわけではなかったのですが、会社を辞めてわざわざ博士課程に進むにあたり、アカデミア・大学らしい本質的な基礎研究をしている研究室を探していて、月田研はその雰囲気にぴったりだったのです。後日聞いたところでは、研究室を志望する学生に対する月田先生の面接が厳しすぎて志望者がいなくなり、そこへちょうど私が戻ってきたので大歓迎されたらしい(笑)。それは私にとっても幸いでした。

*月田先生とタイトジャンクション、クローディンについては、「この人に聞く『生命に関わる仕事っておもしろいですか?』」第81回を参照

———月田研ではどんなテーマに取り組んだのでしょう。

当時の月田研のテーマのひとつが、タイトジャンクションを制御するしくみの解明でした。クローディンに結合する細胞内センサーのようなものがあるのではないかという仮説のもとに、結合タンパク質を調べていました。

ラボにて。会社から戻ってピペットマンを再びにぎった時はうれしかった。

———修士までの研究とは違う分野ですね。どなたかのもとで進めたのですか。

斎藤通紀(さいとう・みちのり 現 京都大学高等研究院 ヒト生物学高等研究拠点 [WPI-ASHBi]拠点長)さんに最初ご指導いただきました。ちょうど学位を取られて留学に出られる前でしたが、斎藤さんは天才肌で、すでに学部生のときから多くの実績を上げておられました*。下級生の面倒見はあまりよくないけれど、研究には厳しいからと月田さんがつけてくださったんです。金魚の糞のようにくっついて、一生懸命に研究に取り組んでいましたが、一度だけ大きな雷を落とされたことがあります。

*斎藤通紀先生については、「この人に聞く『生命に関わる仕事っておもしろいですか?』」第16回を参照

———何があったのでしょう?

キリンビール時代の仲間が上洛して(京都まで来て)、何度か飲みに行く機会があったんです。それで金曜日の夕方からの斎藤さんの勉強会を連続して休んでしまった。そうしたら「真剣にやらないなら辞めろ!」と培養室で怒鳴られてしまいました。他の先輩方が「期待しているから厳しいんだよ」と慰めてくれましたが、空気が凍り付いたその光景は、今もしっかり覚えています。厳しくもあたたかい先輩方に、鍛えていただきました。

———上皮細胞研究の手応えはいかがでしたか。

幸い一定の成果が出て、学位の目途はたちました。しかし、本当にやるべきことを詰め切れたかというとそうでもなく、やや心残りもありました。いずれにせよ、卒業まで少し時間があったので、月田先生の「広く勉強しなさい」という教えにならって、空き時間に改めて組織学や病理学の教科書をじっくり読み返していたら、上皮細胞なのにバリアをつくらない免疫臓器があることに気づきました。それが胸腺です。「上皮細胞とは細胞がシート状に並び、クローディンで密着されたバリア構造をもつ」と呪文のように教わってきたのに、胸腺の上皮細胞はシート状ではなくトゲトゲしていて、突起を伸ばしてつながった網目状の立体構造なんです。免疫細胞のひとつ、T細胞はその立体構造の中で分化してつくられます。ちなみに、T細胞のTは胸腺(thymus)の頭文字から来ているんですよ。

胸腺の走査顕微鏡写真

胸腺の走査顕微鏡写真。T細胞(球形)がぎっしり詰まった中に胸腺上皮細胞(*)が見える。スケールバーは4µm。(クリックして拡大)

———胸腺の上皮細胞がユニークな形であることについては、それまで研究が進んでいたのですか?

もちろん、胸腺の構造やT細胞をつくる役割については研究されていましたが、どうして上皮細胞が網目状になったのかはよくわかっていないようでした。さらに調べていくと、胸腺の発生の元となる原基の段階ではシート状の上皮細胞だということがわかりました。つまり、いわゆる上皮細胞として発生した胸腺は、何らかの過程を経て網目状になったはずです。ならば、そのしくみを研究したら、オリジナルな研究ができるのではないかと考えました。