公益財団法人テルモ生命科学振興財団

中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

「サイエンスカフェ2021」レポート
再生医療の第一人者による講義や
若手研究者との交流を通じて
「生命科学研究のいま」をオンラインで学んだ3時間

細胞シートの可能性ってすごい!

最初のプログラムは、再生医療研究のフロントランナーによる生命科学講義。講師は東京女子医科大学先端生命医科学研究所所長の清水達也先生です。

最先端生命科学講義
「再生医療の最前線
~細胞シートを用いたティッシュエンジニアリング~」

東京女子医科大学
先端生命医科学研究所 所長/教授
清水達也先生
1992年東大医学部卒、循環器内科医師。1999年東京女子医科大学先端生命医科学研究所で組織工学研究を開始。2011年同教授、2016年同所長。組織工学の再生医療・創薬モデル・培養食料への応用を展開。スローガンは「夢と信念」。
専門分野を超えたつながりを大切に

冒頭、TWInsの紹介とともに、清水先生が参加した高校生に望むこととして話してくれたのが、自分の専門分野を超えて幅広い人々と一緒に何かをやることの大切さでした。
TWInsは略称で、正式名称は「東京女子医科大学・早稲田大学連携生命医科学研究教育施設」。東京女子医科大学(T)と早稲田大学(W)が共同で設立し、医学・理学・工学など異分野の融合によって先端的な生命医科学の研究と臨床応用、教育を行っています。
「私が所長をしているのが東京女子医科大学先端生命医科学研究所です。研究所名に『医科学』とついていますが、医師だけが研究しているのではありません。理学部、工学部、薬学部、獣医学部も含めて、幅広い人たちが同じ施設に集まり一緒になって研究に携わっていますし、『産学融合』といって企業との連携も進んでいます」

清水先生によれば、今、ある分野で新たな研究開発を行うには、その分野の技術だけでなく、さまざまな分野の研究者が協働して研究を進めないと新しいものが生まれない時代になっているそうです。
そこで清水先生はこう語ります。
「縦割り社会と言われる現代社会では、横のつながりを持ちながら、いろいろな人たちと研究したり仕事をしたりすることが非常に大事だということを、ぜひみなさんに知っておいてほしい。今後大学へ進学した場合にも、自分の専門分野だけではなく、できるだけ広い視野を持って、友だちだけでなく、違う分野の人たちとしゃべったり、一緒に何かしたりするということが人生にとって非常に大事だということをお伝えしたいと思います」

再生医療の2本の柱、「幹細胞生物学」と「組織工学」

いよいよ本題の再生医療についての講義です。
「再生医療には、『幹細胞生物学』と『ティッシュエンジニアリング(組織工学)』という2つの大きな研究の柱があります。このうち幹細胞生物学は、幹細胞を利用して目的の細胞に分化させ、組織・臓器の再生をめざす学問です。幹細胞とは、分裂して自分と同じ細胞を次々につくる『自己複製能』と、自分とは異なる細胞をつくる『多分化能』の2つの能力を有する細胞です。分裂して細胞を増やしながら、あるスイッチが入ると、肝臓の細胞になったり心筋細胞になったり血液の細胞になったりします」

私たちのからだは受精卵が分裂し、さまざまな種類の細胞や組織へと分化して出来上がります。分裂の初期の胚(胚盤胞)からつくられるのがES細胞です。この細胞は生体のすべての組織に分化する多分化能と、高い増殖能力を持っています。しかしヒトの受精卵から取り出して培養した細胞であることから生命倫理の問題があります。また、他人の受精卵由来のため拒絶反応が起こる問題もあります。この2つの問題を同時にクリアできるのが京都大学の山中伸弥教授が開発したiPS細胞です。iPS細胞は自分自身の皮膚などからとった細胞に特殊な遺伝子を入れることで分化の初期段階に戻り、さまざまな細胞に分化できる能力を持っています。受精卵を壊すという倫理的な問題もありませんし、自分自身の細胞でつくるので移植したときに免疫拒絶反応も起きません。

ではES細胞やiPS細胞などを目的の細胞に分化させたとして、次に問題となるのが、どのようにその細胞を患者のからだの中に入れて治療するかです。
「体内の特定の部位に注射しても、バラバラになってどこかへ行ってしまいますから、バラバラにならないように工夫して移植する必要があります。そこで登場するのが2つ目の柱である『ティッシュエンジニアリング(組織工学)』、細胞から三次元的な組織をつくる学問です」

しかし、細胞から組織をつくるといっても、そう簡単にできるものではありません。私たちのからだは37兆個の細胞でできているだけではなく、「細胞外マトリックス」といって、細胞と細胞の間のすき間を埋めているものがあります。これは組織・臓器ごとに分量も数も違っていて、骨や軟骨などの部位では細胞の密度は少なくて細胞外マトリックスが多いのに対して、心臓、肝臓、腎臓といった場所では細胞密度が非常に高く、細胞外マトリックスも少ないという特徴があります。
細胞の密度が少ない場合は酸素・栄養の供給が少なく、老廃物も少ないため、毛細血管もそれほど必要とされません。それに対して、心臓、肝臓、腎臓はたくさんの酸素・栄養が必要なので、毛細血管の役割が非常に大事になってきます。したがって、少しでも大きい組織をつくるとなると、毛細血管をどのようにして組織に入れていくかということが問題になり、それぞれつくる目的に応じて、技術も変わってくることになります。

ティッシュエンジニアリングは1990年代の前半にスタートし、現在さまざまな手法が開発されています。たとえば、細胞外マトリックスのかわりとして、体の中に入れると溶けるような生分解性の支持体(スキャフォールド)で三次元的な容れ物をつくり、そこに目的の細胞を移植する方法が「スキャフォールド法」。体の中に入れると支持体が徐々に溶けて生体の組織と入れ替わるというわけです。また印刷技術を活用した「バイオプリンティング」で組織をつくる方法も研究されています。

スキャフォールド法は何らかの支えを使ってそこに細胞を培養する方法ですが、もうひとつスキャフォールドなしの方法があり、そのひとつとして清水先生が取り組んでいるのが、東京女子医大の岡野光夫先生が開発した「細胞シート」法。再生したい部位にシート状になった細胞を貼り付けて移植する方法です。
細胞を培養皿で培養すると細胞が増殖しますが、それを取り出すためにトリプシンなどのタンパク分解酵素を入れると、細胞が傷ついてバラバラになってしまいます。そこで考え出されたのが、温度で性質を変える高分子を培養皿にコーティングすることでした。
「この培養皿は、温度に応じて性質が変わります。細胞を培養する37℃のときは疎水性で、水をはじくがタンパク質はくっつきやすい。ところが、32℃以下に温度を下げると親水性になり、タンパク質が剥がれやすくなるので、細胞にダメージを与えることなく細胞同士がくっついている状態で取り出すことができます。
スキャフォード法などでは異物を支えとして使っていましたが、細胞シートは細胞と細胞が出すタンパク質である細胞外マトリックスだけでできているので、異物を含んでいないというのも大きなメリットです」

細胞シートは、温度応答性培養皿を用い、温度を37℃から32℃に下げることで、細胞同士がくっついている状態で取り出すことができる

細胞シートによる臨床応用、さらには培養肉の開発も

今、この細胞シートを用いていろいろな組織・臓器に移植する研究が盛んに行われています。
たとえば角膜移植の場合、これまでは亡くなった患者さんの角膜を移植するのが一般的だったのですが、細胞シートを使った角膜移植では、患者自身の口の粘膜の細胞を使います。これを培養してできた細胞シートを移植した結果、見えなかった目が見えるようになっています。ほかにも、心臓病の患者に対する治療では、細胞シートによって心臓の動きをよくする因子が働くことで治療効果を上げています。また、食道がんの手術後、切除部位に細胞シートを貼って回復を早めることも行われています。肺に穴があく気胸などの病気では、細胞シートの移植によって穴を塞ぐことも可能となり、さらに細胞シートが持つ創傷治癒効果を促進する作用により治療効果が発揮される成果も出ているそうです。このように、からだのさまざまな部位で、細胞シートによる再生医療の臨床応用が進んでいます。

細胞シートのさまざまな組織・臓器治療への応用

現在、清水先生らが取り組んでいるのは、細胞シートを重ねあわせて三次元の組織とすること。いずれは “丸ごとの心臓”をつくりたいと考えていますが、そこで大きなハードルになっているのが「血管を入れる」ということ。
「拍動する細胞シートはすでに完成していて、ネズミに移植するとからだの中で拍動を続けます。課題はいかに血管を通し、分厚い組織としていくか。私たちの体はいたるところに毛細血管が走っていて酸素と栄養を供給しています。細胞シートを積層化させていったときにも、そこに血管を入れていかないと、細胞が壊死してしまうのです」

人間の心臓の壁の厚さは1㎝あるので、心臓をつくるためには細胞シートを300枚重ね、その中に酸素と栄養を供給する毛細血管網を構築しなければなりません。すでに生体に3枚ずつ段階的に移植することにより、細胞シート30層分の厚さ約1mmの組織をつくることに成功しています。今後は、生体の外で積層させ、分厚い組織をつくることが目標です。このため研究チームでは、毛細血管網を張りめぐらせた血管床を作製し、その血管床の上に細胞シートを積層し、培地を生体外で灌流することで細胞シート内に血管網を構築させる研究を進めています。実験ではこうしてできた組織をネズミに戻すことに成功。さらに、拍動する心筋を平面のシート状にするだけでなく、血液を送り出すポンプのような機能をもたせるため、チューブ状にする研究にも取り組み始めているとのことです。
また、こうして培った技術を用いた新たなる展開として、ウシやブタの筋肉をつくりだし、食用を目的とした培養肉を開発する研究も進んでいます。

最後に清水先生は次のように語って講義を締めくくりました。
「マンガやSF小説、映画などで、『こんな夢みたいなこと、できっこない』と思われていた話が実現していることってけっこうあります。大切なのは夢に向かってあきらめずにやり続けることです。一人では難しいことも、複数の人たちがやりたいと思い続けて力をあわせることで実現可能です。みなさんもぜひ、何年先、何十年先のことでもいいから、自分の夢を見つけて、それを周りの人にも語り、実現のために努力してください」

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