公益財団法人テルモ生命科学振興財団

中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

「サイエンスカフェ2021」レポート
再生医療の第一人者による講義や
若手研究者との交流を通じて
「生命科学研究のいま」をオンラインで学んだ3時間

ラボ紹介②
最先端の手術室
「Smart Cyber Operating Theater:SCOT」

東京女子医科大学
先端生命医科学研究所 特任講師
吉光喜太郎先生
専門は機械工学/医用システム工学。手術で使うロボットや機械の研究開発に従事。また、手術中の医療スタッフの動作情報をもとに手術技術の向上をめざす研究にも取り組む。
同 特任助教
楠田佳緒先生
専門は医療情報学および手術で使う機械の管理や脳腫瘍手術で使うシステムの研究開発。医療安全を目的として、現場に役立つ研究開発をめざしている。
さまざまな医療機器や設備をネットワークし、手術の精度や安全性を向上

東京女子医科大学に設置され、次世代の手術室として大きな注目を集めているのが、「スマート治療室SCOT」。さまざまな医療機器や設備をネットワークで連携させ、手術の進行や患者の状況を統合して把握することによって、手術の精度や安全性を向上させようという最先端の治療室です。

吉光先生らは、脳外科の手術、特に脳腫瘍を除去する手術を助ける機器の開発にあたっています。
「脳外科の手術がどのように行われているかご存知ですか? 教科書ではきれいにここが前頭葉で、頭頂葉はここ、と色分けして描かれていますが、実際に頭蓋骨を開くと、教科書のようにはっきりと区分けされているわけではなく見分けがつきません。ですから正常なところを傷つけてしまわないように病変部だけを摘出するのは非常に難しいのです。摘出範囲が大きいと正常な機能を司る重要な部位まで傷つけてしまって麻痺や失語のリスクが高まるし、一方で摘出範囲が小さいと再発の確率が高くなるという医師のジレンマがあります」

こうした問題を解決してくれるのがスマート手術室。さまざまな機器がひしめき合う従来の手術室と違い、それぞれの機器がネットワーク化されているのが特徴です。
具体的には、手術台や電気メス、麻酔器などの基本機器のデータ、内視鏡や手術顕微鏡などの術野ビデオデータ、術中MRIや外科用X線、超音波診断装置などの術中画像装置、手術ナビゲーションシステムなどの術具位置データ、生体情報モニタ、神経機能検査装置、超音波血流計などの患者生体データ、これら20種類にも及ぶ機器からのデータをネットワーク化することで、手術部位や手術の経過を正確にモニタリングし、手術中の患者のデータや体調の変化などをトータルに把握できる仕組みになっています。

手術部位のさまざまな映像や患者のデータをとる機器がネットワークされたスマート治療室

たとえば、「術中迅速診断装置」は摘出した腫瘍と思われる細胞が本当に悪性なのか、それとも正常な細胞なのか、摘出した組織の中にどれくらいがんの細胞が存在しているかを調べるもので、こうした情報を自動的に更新・表示して、腫瘍切除範囲に関する意思決定をサポートしてくれます。

医療×5Gでどこでも高度医療にアクセスできる

このように最新鋭のシステムを備えたスマート治療室は、現在は病院の据えつけという形で運用されていますが、吉光先生らが開発を進めているのは、「手術室が病院を飛び出す」ということ。
「5G(第5世代移動通信システム)を医療でも使う時代にしようとぼくらは挑戦しています」と吉光先生。
5Gを医療で用いるようになるとどんなことが可能になるのでしょうか。
「臨場感あふれる手術ができるようになります。手術映像が高精細になり、どの角度からでも自由に病変部をみられるようになるし、患者さんの心音、心拍、脳波、体温、臓器の触感をデータで送り、遠隔地でも手術室にいるチームと一体となって術野の臨場感を共有することが可能になります。さらに、医師が出張している学会先とか、新幹線や飛行機で移動中とか、あるいは宇宙などの異空間、そういったところからでも手術に参加できるようになるでしょう。スマート治療室の機能そのものを外に持っていって、動く手術室をつくることも目標で、どこででも高度医療にアクセスできる世の中にしたいと取り組んでいるところです」

手術室自体を病院の外に持っていく試みはすでに実用化に向けた段階に入っています。
大型トラックに手術室ユニットを丸ごと搭載した「モバイルSCOT」のコンセプト車両がすでに完成しています。これに5Gを活用した実証実験も行われていて、ほぼ遅れることなく、この実験では従来の約15倍の速さでデータが送れることがわかっています。
「5Gの利用によって、リアルタイムで情報を参照することで臨床成績は大きく向上するはずです。さらに、ネットワーク化と高度な情報処理を統合させた5G×スマート治療室によって、『病院に行く』から『病院が来る』という新たなステージに入り、医療の地域間格差の解消や、在宅勤務による人口の地方分散にも対応することができるようになります。こうした大きな夢の実現のため、私たちは研究を続けています」

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