公益財団法人テルモ生命科学振興財団

中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

「サイエンスカフェ2021」レポート
再生医療の第一人者による講義や
若手研究者との交流を通じて
「生命科学研究のいま」をオンラインで学んだ3時間

生物や工学、情報科学、化学や薬学・・・
いろいろな分野で医療に貢献できることを実感したラボ紹介

休憩を挟んだあとは、TWInsに所属する3つのラボの研究紹介。ティッシュエンジニアリングと、最先端の手術室、体内時計と、それぞれ異なる分野の研究について、各20分でプレゼンテーションしてもらいました。

ラボ紹介①
「ティッシュエンジニアリング~医療から食料まで~」

東京女子医科大学 先端生命医科学研究所 講師
高橋宏信先生
九州大学大学院工学府で博士号(工学)を取得。現在は東京女子医科大学にて骨格筋を人工的につくる研究をしており、医療応用だけでなく培養肉生産の応用もめざしている。
早稲田大学 先進理工学研究科 生命医科学専攻 博士1年
岡本裕太さん
早稲田大学高等学院卒業後、早稲田大学先進理工学部生命医科学科に入学。現在は微細藻類を利用した筋細胞培養法の構築をめざし、東京女子医科大学と共同研究を行っている。
骨格筋の再生技術を応用して培養肉づくりをめざす

このラボのリーダーである清水先生はもともと医学部出身の医師であり医学博士ですが、清水ラボのメンバーは必ずしも医学部出身の研究者ばかりではありません。高橋先生も医師ではなく工学部出身の研究者。ラボの基盤となっている組織工学は、医学だけでなくさまざまな分野の知識が必要であり、工学や薬学など多種多様なバックグラウンドを持った研究者が、新しい医療をつくろうと取り組んでいるのです。

清水ラボのメインのテーマは、人のからだのいろいろな組織を人工的に再生し、それを医療に用いて病気を治すという再生医療の研究ですが、現在、高橋先生らが取り組んでいるのは食用の培養肉の研究開発です。
「再生医療の研究をしているはずなのに、なぜ肉の話なの?」という疑問に、高橋先生はこう答えます。
「私が携わっている最近のテーマの一つは、人の筋肉、特に骨格筋を再生する研究です。人工的に筋肉を再現しようとする場合、単に組織を培養して立体的にするだけではだめで、筋肉としての特徴的な構造や機能を持った筋組織にしなければなりません。研究の結果、継続的に電気刺激を与えて筋組織に運動させる“筋トレ”が有効であることがわかりました。こうした骨格筋をつくる組織工学の技術を応用して、筋肉の細胞を培養し、食用の肉をつくる培養肉の開発が始まったのです」

たしかに、食肉は動物の筋肉、特に骨格筋が主体の動物性食品だから、ねらいはピッタリ。さらに高橋先生は、培養肉はSDGs(持続可能な開発目標)に貢献する役割も大きいと語ります。
「先進国が肉を大量消費する一方で、発展途上国の肉の需要が増えていけば、ウシやブタ、ニワトリをもっと増やさなければならなくなります。実は、大量の家畜を飼育すること自体が地球の環境に負荷をかけています。家畜のエサを栽培するためは土地や水が必要ですし、ウシなどが出すメタンガスが温室効果ガスとなって地球温暖化を促進させる問題などもあるからです。そこで、家畜に頼らない肉として期待されているのが培養肉です」

食料技術の進歩によって現在さまざまな代替肉が登場していて、大豆などを加工した「植物肉」などもありますが、組織工学によって再生医療の技術をうまく転用すれば、肉の替わりではなく、本物の肉をつくることが可能になります。
「筋肉の元になる細胞である筋芽細胞を増やして固めれば肉のようになるかというと、ハンバーグのようなものであればなんとかなるかもしれませんが、歯ごたえのある肉にはなりません。筋肉は繊維状の組織が束になったような構造をしていて、それが1本1本、力を出すことでわれわれの筋肉は動きます。ですから、培養肉の場合もからだの中の筋肉と同じようなものをつくることが重要で、ヒトの筋肉の組織をつくるわれわれの技術が活きてくるというわけです」

培養肉の開発にもティッシュエンジニアリングの技術が必要

まだ開発は途中段階ですが、すでに細胞シートの積層化の技術を使ってウシの筋芽細胞からハムのような組織を作製することに成功しています。

ウシの筋芽細胞シートを10枚積層させてできたハムのような組織

藻類を活用した持続可能な食肉生産へ

さらに、博士1年の岡本さんらが取り組んでいるのは、エサの開発です。
「家畜のエサとなる穀物は広大な土地を利用してつくられます。筋芽細胞の培養にあたっても栄養が必要で、培養液を穀物からつくると環境に対する負荷は大きなものになってしまいます。そこでラボで注目しているのが、穀物ではなく藻類をエサにすること。培養した藻類から栄養を抽出して、藻類がつくる栄養素で筋肉の細胞を成長させる研究を進めています」
まだまだ発展途上の分野なので今後に期待してほしい、と2人は話しています。

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