森下泰記念賞 第1回(2021年度)受賞者 特別対談

医学と工学の連携・融合領域から
生みだされる、医療技術の発展

医工連携・融合のオープンイノベーションから誕生した、世界初のスマート治療室「SCOT®」。SCOT®で医療はどう変わるのか? 医療機器研究がもたらす未来について、第1回森下泰記念賞受賞の村垣義浩教授と三村孝仁理事長に語り合っていただきました。

世界初、手術室が“医療機器”になるスマート治療室「SCOT®」誕生の経緯

三村:Hyper SCOT®のプロトタイプ手術室で、ロボティクス手術を体感させていただきましたが、まるで手術室が一つの生命体のようでした。すべての医療機器がつながり、ベストな手術環境を提供する――これが、村垣先生が追い求めてきた未来医療の実現型なのですね。SCOT®が革新的なのは、手術室にある20以上の医療機器が時間同期されて、大型モニターで情報統合できることかと思いますが、どんな発想から生まれたのでしょうか。

村垣:私は脳神経外科医ですが、手術中は生体情報を表示する多くの医療機器をチェックし、その情報を頭の中で統合しながら判断を下し、手を動かさなければなりません。それが外科医の“当たり前”だったのですが、そこに疑問を覚えたんですね。手術室にあるすべての医療機器がつながって情報を一元化できたら――というコンセプトを思い描くことから始まったのです。しかし、医療機器はメーカーも違えば、機構も異なるので、そこが高いハードルでした。
私の研究拠点であるTWIns(東京女子医科大学・早稲田大学連携先端生命医科学研究教育施設)は、さまざまな企業の研究者が集まる学究拠点なのですが、そこで、自動車部品メーカー出身の大学院生から、自動車部品の工場には複数のメーカーの機械を時間同期して動かすミドルウェアがあると教えてもらったのです。そのミドルウェア技術をSCOT®に応用しました。

三村:「こうなったらいいな」というコンセプトから、バックキャスティングして技術を探索したことがすべての始まりで、そこから医学と工学が融合したのですね。

村垣:そして、さらにSCOT®は、外部の「戦略デスク」とネットワークでつながるようにしたのです。これによって、手術室の外から術中のすべての情報を同時把握できるので、その分野のエキスパートや熟練者が“監督”として助言できるようになります。これまで “監督兼プレーヤー”だった外科医は、その分プレーヤーに徹して、手技に集中できるのです。

三村:SCOT®で各分野のエキスパートがつながり、国や地域を超えた最高のチームを組めるのですね。これは患者さんにとっても大きな希望ですよ。
SCOT®が普及すれば、距離や環境を超えて、どこにいても最良の医療を受けられるようになるのですから。
これからの時代、村垣先生が実践したようなコンセプト・ドリブンの発想力なくして、革新的なテクノロジーは生まれないでしょう。一つの企業や一つの学問領域に閉じ籠もるのではなく、産・官・学が横断的に自由に語り合える〈医工連携・融合のオープンイノベーション〉が今こそ必要なのだと思います。

医学と工学のオープンイノベーションで革新的な未来医療を生みだす

三村:私たちテルモ生命科学振興財団は1987年に創設されたのですが、〈医療機器の研究開発を助成する〉という当時でも珍しい財団でした。その原点には、発起人・戸澤三雄氏や寄附者・森下泰氏の「多くの人に支えられて医療機器のテルモがある。その感謝を社会に役立つ形で還元したい」という思いがあります。
財団創立から30年以上経た今も、私たちはその思いを忠実に引き継いでいます。ですから、テルモとはつながりのない研究領域、あるいはテルモ製品と競合するような技術開発でも、私たちは全力で応援するぞ、というちょっとユニークな財団なのです。

村垣:領域を問わず、世の中に役立つ医療技術研究に広くチャンスを開いているのですね。

三村:私としては、たとえテルモ製品と支援する研究が競合したとしても、さらに上回るものをつくっていけばいいじゃないかと考えているのです。いつの時代もそうやってテクノロジーは進化してきたし、世の中全体を良くしてきたことは間違いないのですから。
「未来医療に挑戦するアカデミアを支援しつづける」という純粋な志を引き継いでいくために、このたび創設に関わった人名を冠した「森下泰記念賞」を新設するに至りました。

村垣:テルモ財団の研究助成は、多くの研究者が目標の一つとしているところです。ハードルはもちろん高いですが、研究開発への支援が手厚く、先端医療工学の研究に携わる者にとってはモチベーティブな存在です。
日本は、アカデミアにおいて医療機器を専門的に究める場や認められる機会が極めて少ないと感じています。私のように医師が医療機器の開発と実装に携わるというのは、国内ではちょっと変わり者というか、突然変異的な存在なんですよ。

三村:アメリカなどの欧米先進国では「医療工学」の領域が確立していますね。一方、日本ではバイオ分野では工学を取り入れているものの、医学は医学、工学は工学と明確に分かれています。

村垣:そうした日本の実状を踏まえ、TWInsでは「先端工学外科」や「医療機器開発」という講座を開設しています。この講座では工学を医療機器の開発に役立てる研究をして、社会実装につなげています。また、「バイオメディカルカリキュラム」という講座では、課題研究として20年後、30年後に実現されるべき未来医療のプランを1年かけて練り上げてもらうのです。それを起点に起業する受講生もいます。

三村:私も大学の講演などで医療機器開発の社会的役割や素晴らしさを伝えることがありますが、医療機器分野をもっと進化させて、人材を育成していくアカデミアの場が、もっと増えていけばと願ってやみません。

未来につながる研究を支援しつづけ、医療と健康に貢献したい

村垣:私が医療機器の大きな可能性に気づいたのは、臨床経験からでした。脳は前頭葉や大脳など細分化された部位で構成されていますが、開頭して肉眼で見るかぎりでは均質な軟組織です。しかし、1995年、いわば脳のカーナビのような術中ナビゲーションシステムという医療機器が登場したことで、脳全体と病変部を立体的に描出して、どこを切開して、どの方向に進めば安全に病変部まで到達できるかが一目でわかるようになりました。
医療機器によって医療の限界を乗り越えた――テクノロジーが医療を大きく進化させていく可能性を確信しました。

三村:村垣先生のおっしゃるとおり、低侵襲で高度な治療法の実現に、医療機器は重要な役割を果たしています。さらに医療機器を進化させるテクノロジーは、おそらく日本中にたくさん眠っている。それを実現するには、未来医療のコンセプトを描き、技術を集めて新たな医療機器を生みだす、村垣先生のようなコンダクター(指揮者)の存在が必要です。

村垣:医療機器開発の未来人材を育てていくために、今後は大学の学部レベルから育成し、医工連携・融合分野の裾野を広げていきたいと考えています。

三村:未来医療を思い描き、社会実装までもっていけるような研究者が現れることが、日本をはじめ世界の医療を大きく進化させていくと期待しています。今、日本では医療費が増大している現状があります。医療機器がより進化することで、医療費を削減し、患者さんの負担を軽減する低侵襲な治療が可能になります。たった一台の医療機器が普及することで、数千、数万人の患者さんを助けることができるのが、医療機器研究の素晴らしさです。
私たちテルモ生命科学振興財団は、これからも村垣先生のような志ある研究者、未来医療につながる研究を支援しつづけ、医療と健康に貢献していきたいと思います。

(SCOT®は東京女子医科大学の登録商標です)

(2022年4月対談)