森下泰記念賞 第1回(2021年度)受賞者 記念講演

精密誘導治療を実現する
スマート治療室SCOTの開発

村垣 善浩 氏

東京女子医科大学 先端生命医科学研究所 副所長
先端工学外科学分野 教授

「外科医の新たな目と脳と手を創る」ムーンショットへ

医療の分野には、教育・研究の場として医学部や看護学部があり、医薬分野には薬学部があります。ところが、医療機器や再生医療に関しては専門機関がありません。こうした実状を鑑み、東京女子医科大学(女子医大)では1969年に先端生命医科学研究所を設立し、“医用技術研究施設”として医学系研究者と理工系研究者が連携・融合するオープンイノベーションの場を提供してきました。2008年には、東京女子医科大学・早稲田大学連携先端生命医科学研究教育施設(TWIns)に居を構え、医学・理学・工学のさらなる融合により、あらゆる分野から生命医科学研究を推進する体制を確立しています。

私たちは先端工学外科学分野において「外科医の新たな目と脳と手を創る」という未来医療の夢を描き、ムーンショット(大きな目標)としてきました。私たちのめざす未来医療とは医工連携と産学連携のもとで、手術における解剖学的情報と機能的情報、組織的情報の統合を実現し、より正確な意思決定をおこなう情報誘導手術の実現です。2000年には、術中MRIを核とするインテリジェント手術室を実装しました。これによって悪性脳腫瘍摘出手術において、腫瘍の位置を正確に把握しながらの手術が可能になりました。これまで2023例を施行し、平均90%の高い摘出率を達成しています。インテリジェント手術室は治療成績の向上に伸び悩んでいた悪性脳腫瘍の治療に飛躍的な進化をもたらしたのです。

手術室が“医療機器”になるスマート治療室SCOTの誕生

2014年、次世代インテリジェント手術室をめざして、日本医療研究開発機構(AMED)のもとで5大学12企業との共同開発をスタートしました。医工連携体制で2016年3月に誕生したのが、モノのインターネット化(Internet of Things:IoT)を具現化したスマート治療室Smart Cyber Operating Theater(SCOT®)です。SCOTは段階的に進化し、現在はMRIやX線装置、外視鏡などの基本医療機器をパッケージ化し、工場のさまざまなロボットを接続するために開発された産業用ミドルウェアORiN(医療版OPeLiNK®)を介して40以上の手術関連機器からの情報が統合できるようになっています。大型モニターには、各機器から解剖学的情報と機能的情報、組織的情報がリアルタイムに一元化されて、術中の正確な手技や意思決定を支援します。従来の空間提供をおこなう手術室と異なり、SCOTは部屋全体が一つの医療機器となって治療を遂行する“単体医療機器”なのです。

SCOTは、時間同期した空間情報を統合表示する戦略デスクが連携します。戦略デスクは、手術室外からアクセス可能です。これまで手術室においては、術者が“監督兼プレーヤー”でしたが、外部からの助言や指導が可能になり、術者はプレーヤーに徹することができます。SCOTでは、それぞれの分野のエキスパートがネットワークで結ばれ、国や地域を超えた最高のチームを組めるのです。

さらに術中の情報を克明に記録してビッグデータ化し、治療選択肢ごとにリスクや生存率などを算出してナビゲーションするAIの開発を現在進めています。SCOTは、IoTによって診断から治療を自動化することで“高効果・低リスク”の治療を実現するIndustry4.0ならぬMedicine4.0を実現する技術革新なのです。

医工連携のオープンイノベーションで世界に先駆ける

これまでSCOTの開発と実装には、大学や企業の研究員133名が携わってきました。これらの企業は医療や工学分野のライバルでありますが、オープンイノベーションで企業の壁を超えて“日本チーム”を結成し、世界に先駆けた次世代手術室の実装に成功したのです。

現在、SCOTは基本機器をパッケージ化したBasic SCOTを広島大学に、ネットワーク化したStandard SCOT(METIS®)を信州大学に、ロボット化とAI利用をめざすHyper SCOTを女子医大に導入するなど14施設の臨床で活用されています。4診療科(脳外科、小児外科、消化器外科、血管外科)で10疾患(脳腫瘍、骨腫瘍、てんかん、脳血管障害、先天性疾患など)において活用されており、230例以上の臨床研究がおこなわれています。2021年に保険収載されたことで国内における導入がさらに拡大し、海外施設での導入も進みつつあります。

時間と空間の制約を超えた未来医療に向かって

SCOTは、さらなる進化を続けます。“走るオペ室”として、5Gを活用して遠隔から治療を支援する移動型Mobile SCOTのプロトタイプが走りはじめています。初の国産手術支援ロボットhinotori™などを組み合わせて実装化すれば、医療過疎化地域や災害救急現場に駆けつけて、いつでもどこでも高度治療を受けることができるようになります。

さらに私たちは、ロボットによる精密誘導治療、がん対象の国産スマート治療法も並行して開発中です。がん細胞を死滅させる光線力学療法をさらに進化させた、より深い部位にアプローチできる集束超音波療法で、光や超音波でがん細胞を攻撃します。物理力で照射すべき場所を特定して当てるため、ロボット的に作業ができます。

内閣府では、2050年には一人に一台、パートナーとして寄り添う汎用型スマートロボットAIRECを実用化させるムーンショット目標を掲げています。そして、このAIRECがSCOTで診断から治療までおこなう未来医療に向けての研究開発も始まっています。

外科医の新たな目と脳と手を創る――手術・治療における入力(目)、解析(脳)、出力(手)をデジタル化して実行するSCOTは、時間と空間の制約を超えて誰もが高品質の医療を受けられる新たな時代を切り拓く日本発の未来医療イノベーションなのです。