森下泰記念賞 第2回(2022年度)受賞者 特別対談

iPS細胞由来の再生医療を実現に
つなげる医工連携・融合の最前線

第2回 森下泰記念賞を受賞した西田幸二教授と高木俊明理事長の対談が実現。眼科領域における再生医療の研究開発を続け、医工連携・融合で実用化につなげてきた西田教授。その軌跡と医療の未来をともに語り合っていただきました。

世界初・日本発を目指すiPS細胞由来の再生医療の実用化

高木:顕微鏡の先に無数に見えるのが、iPS細胞から誕生したヒトの眼の原型である眼オルガノイドですね。

西田:そうです。ヒトの眼の発生を時空間的に再現する構造体です。視神経から網膜、涙腺、水晶体、角膜まで眼を構成するすべての要素があります。iPS細胞から自律的に発生したもので、私たちはSEAM(Self-formed Ectodermal Autonomous Multi-zone)と名づけました。
このSEAMから、角膜の表面を覆う角膜上皮細胞を取り出し、培養した細胞シートを患者さんの眼に移植します。

高木:コンタクトレンズのように、患者さんの眼の上にのせるのですか?

西田:まさにそのイメージです。角膜の表面にのせて固定します。この細胞シートには幹細胞も含まれます。幹細胞は、基底細胞として角膜にとどまり、新しい角膜上皮細胞を生み続けるのです。
すでに4例の臨床研究を行い、患者さんの視力回復を確認しました。拒絶反応や合併症などにも至らず、安全性と有効性が示されています。今後、国の再生医療等製品の早期承認制度に従って、企業の力を借りて治験を行います。数年以内には実用化されると期待しています。

高木:世界初となるiPS細胞を用いた再生医療の実用化に向けて走り出しているのですね。西田先生がiPS細胞を用いた研究を始めたのは2006年頃と聞いています。この成果に至るまで大変な道のりだったのではないでしょうか。

西田:iPS細胞はあらゆる臓器や組織になりうる多能性幹細胞ですが、どのように目的とする細胞に誘導するかは自分たちで解明しなければなりません。私たちはゼロから始めたので、「SEAM」にたどり着くまで、10年かかりました。
考えて、試して、細胞の成長を見守る。その繰り返しでしたが、あっという間の10年でしたね。顕微鏡で細胞を観察していると、時間を忘れてしまうのです。

高木:それはわかる気がします。私もSEAMを観察していると、いつまでも眺めていたくなりましたから。でも、一体どうやって、iPS細胞から「眼の発生」を誘導できたのですか?

西田:さまざまな薬剤や方法を試したのですが、特別な成長因子を含まない分化培地を用いたところ、iPS細胞の自律的な分化が始まり、眼オルガノイドが誕生しました。できるだけ手を加えないほうがよいという結論にたどり着いたのです。

高木:そして今、世界初にして日本発となる再生医療が実用化される目前なのですね。一日も早く患者さんに届けられる医療となることを願ってやみません。

医工連携・融合の先には治療を待つ患者さんがいる

西田:私の研究室では、SEAMを用いて涙腺や結膜を作ることに成功し、さらに、網膜のオルガノイドの研究も始めています。難治といわれる眼疾患がSEAMを用いた再生医療で治せる可能性が見えてきたのです。こうした研究から生まれる医療技術を再生医療として実用化させていくには、製品化、移植デバイス、輸送などあらゆるプロセスで工学の力が必要なのです。

高木:素晴らしい医療技術がある。その技術を患者さんまで届けるには、医療・工学・産業あらゆる領域の研究者の力を合わせることが大事なのですね。

西田:はい。再生医療の実現には医工連携・融合がぜひとも欠かせないのです。私は研修医だった1989年、多分化能や自己複製能をもつ幹細胞に魅せられ、ずっと研究を続けてきました。これまで、患者さん自身の健常眼の角膜上皮幹細胞をシート状に培養し、病眼に移植する技術を開発しましたが、これは東京女子医科大学の細胞シート工学の研究者らと共同研究したことで実現したものでした。
さらにこの細胞シート技術を用いて、患者さんの口腔粘膜にある幹細胞を培養して角膜に移植する治療技術を確立しました。これによって両眼性の疾患をもつ患者さんも視力を取り戻せるようになりました。
いずれも再生医療等製品として実用化し、多くの患者さんに使われています。

高木:視力を失った患者さんが自分の眼で見ることができるようになる、画期的な製品でしたね。

西田:こうした医療技術を実用化させるには、細胞シートの商用生産を担う企業の力が必要でした。工学系の技術と企業の産業技術が融合したおかげで、患者さんに届けることができるようになったのです。

高木:私たちテルモ生命科学振興財団は「わが国の医療技術が、広く世界の医療の場に貢献し、健康な生活を通じ人類の平和に寄与していくこと」を趣意に、1987年に設立されました。寄付者の森下泰氏にちなんで創設された「森下泰記念賞」は、まさに西田先生のような医工連携・融合の最前線に立たれる研究者を顕彰すべく創設されたものです。

西田:このたび森下泰記念賞を受賞できたことを誇りに思っています。贈呈式後には、iPS細胞をご提供いただいている京都大学の山中伸弥教授から祝報をいただきましたし、世界中の医学者はもちろん、工学の研究者からも次々と届きました。分野は違えども医療技術の発展のために日頃から情報交換し、切磋琢磨している仲間からの祝福はなにより嬉しかったですね。

iPS細胞から作った角膜上皮細胞をシート状に培養した細胞シート

研究者が出会い、夢を語る。そこから創造が生まれ、新たな医療が拓かれる

高木:日本でもっと医工連携の研究を活性化させるには、先生は何が必要だとお考えですか?

西田:異なる領域の研究者が「出会う」ことがすべての始まりです。私も角膜上皮細胞シートの研究開発では、工学系の研究者を自ら探して会いに行きました。そして、おたがいの夢を語り、同じ船に乗っていこうと、研究者同士の契りを交わしたのです。あの日の高揚感は、昨日のことのように憶えています。
異領域の研究者同士が夢や情熱を共有できると、技術開発は自ずと加速していきます。逆に言うと、それだけの熱量がないと実用化までたどり着けないのです。

高木:研究者が出会い、自由な発想で語り合うオープンイノベーションの場をつくっていくことが大切なのですね。

西田:そうです。ただし、異領域の学問の知識が統合するだけでは「創造」は生まれないと思うのです。

高木:知識を統合するだけなら、AIでもできるわけですよね。

西田:統合した先に、まったく新しい革新的な発想を生むのが人間だけに備わる“創造力”ではないかと考えています。

高木:連携から融合が生まれ、別次元に飛躍していく新たな創造が生まれる。そこに医療の未来があるわけですね。

西田:はい。医工連携・融合から生まれる次の創造として、私たちが挑戦しているのが「ヒューマン・メタバース疾患学」という新しい医学・医療です。これはオルガノイドとデータサイエンス、数理科学を融合させて、仮想空間上に患者さんのデジタルツインをつくり、病気予測や薬剤の効果をシミュレーションして、発症予防や治療に役立てるものです。

高木:まさに医工連携・融合が生むイノベーションですね。西田先生にぜひお聞きしたかったのですが、幹細胞に魅了されて以来30数年間、幹細胞一筋で研究を継続されてこられた。そして今、異次元の大きな挑戦に臨もうとされている。そのひたむきな情熱は、どこからやってくるのですか?

西田:自分ではずっと「患者さんを治したい」との一心だと思っていたのですが、「わからないことを解明したい」「知りたい」という好奇心が私の原動力になっていたと最近気づきました。

高木:原動力は「好奇心」で、目指すゴールは「患者さんを治す」なのですね。西田先生は、患者さんを治す外科医でもあり、未知を解明する研究者でもある。双方の情熱が、患者さんに希望と光をもたらす再生医療を生み出したのですね。
私たちテルモ生命科学振興財団は、発起人である戸澤三雄氏や寄付者の森下泰氏の「多くの人に支えられて医療機器のテルモがある。その感謝を社会に役立つ形で還元したい」という思いを引き継いでいます。医工連携・融合で優れた医療を実現し、患者さんに届けることが私たちの切なる願いです。これからも、西田先生が取り組むような医工連携・融合の優れた研究を支援し、革新的な未来医療の創造に貢献していきたいと思います。

(2023年4月対談)