森下泰記念賞 第4回(2024年度)受賞者記念講演
皮膚と一体化して
生体情報を読む
伸縮性エレクトロニクス
染谷 隆夫 氏
理化学研究所 開拓研究本部 染谷薄膜素子研究室 主任研究員
創発物性科学研究センター 創発ソフトシステム研究チーム チームリーダー
東京大学大学院工学系研究科 教授


ロボットに人間のような皮膚を与える——電子皮膚の始まり
超高齢社会が最も進む国・日本では、医療や介護、人口減少などさまざまな社会課題が山積しています。私は電子工学の研究者として、こうした課題解決の一端を担う技術開発ができないかと考え、長年研究を進めてきました。可能性を見出したのは、生体に直接装着して生体情報を読み取る次世代型ウエアラブルデバイス“電子皮膚”、すなわち「伸縮性エレクトロニクスによる生体電子計測」という、世界初のまったく新しいソリューションでした。私たちが思い描く未来は、患者さんが自宅や好きな場所でいつでも検査を受け、呼吸や体温、脈拍など全身の生体情報を電子計測できる世界です。
その発端は、2002年に乗り出したロボット用の皮膚の開発でした。当時、アメリカではプラスチックフィルム上に電子回路を印刷技術で集積化する電子ペーパーが生まれていました。画期的な“曲がるディスプレイ”の登場でしたが、私は「このやわらかさを活用して、ロボット用の皮膚をつくれないか?」と発想を広げたのです。
通常、ロボットは指先などの一部に触覚センサーが埋め込まれ、そこから情報を取得します。さらに進んで、ロボットの全身を皮膚のような触覚センサーで覆うことができれば、人間の皮膚に近い感覚で情報を得ることができます。そうした発想で開発したのがロボット用の電子皮膚(e-skin)です。e-skinは米TIME誌で Best Inventions 2005 を獲得し、一躍注目を集めました。しかし、私たちは次なる課題にすぐさま突き当たりました。なぜなら、腕や指などの関節を曲げる時、皮膚は「曲がる」機能でなく、「伸縮する」機能が必要だからです。人間の皮膚のような役割は果たすには“伸縮性のある集積回路”の開発が不可欠でした。
そこで私たちはプラスチック(PET)フィルムに電子回路を集積化し、ゴムシートに貼りつける新たな手法を生み出しました。これにより145%まで伸ばせるアコーディオン構造の集積回路ができました。さらに、表面形状追従性をもたせるために薄型化を図り、わずか1μmというキッチンラップ10分の1相当の薄さを実現しました。しなやかに伸縮し、ぴったりと密着する電子皮膚は、装着時の不快感や痛みがほとんどなく、くしゃくしゃにしても壊れない耐久性を有しています。こうした著しい機能性向上で人間にも応用できる可能性が広がったのです。
医工連携で、皮膚呼吸を妨げない電子皮膚を実現
私たちが開発した「薄い」「軽い」「曲がる」「伸びる」を兼ね備えた電子皮膚は、人間のウエアラブルデバイスとして幅広く活用できるようになりました。厚さ1μmのフィルムの上に、有機LEDを集積化することでディスプレイにしたり、有機光検出器を集積化したりすることで超薄型パルスオキシメーターにすることができます。
さらに2次元配列にすることで、508dpiの高解像度、41fpsの高速読み出しが可能なフレキシブルイメージセンサーに進化させました。この高速性を利用すれば、指紋の生体認証や脈波測定(PPG)、静脈撮影などさまざまな生体イメージングが可能です。しかし、医療に応用するには、大きな弱点がありました。それは「通気性」です。通気性のないフィルムを生体に長時間貼りつけると、皮膚の発汗作用が妨げられ、かぶれや炎症を起こすリスクが生じます。
そこで「ナノメッシュ電極」の開発へと乗り出しました。これまで皮膚全面に貼り付けていたフィルム状のデバイスから、電極のみを皮膚に転写するデバイスを目指したのです。ナノメッシュ電極デバイスの製造では、人体に優しいポリビニルアルコール(PVA)という水溶性の高分子が基材となります。PVA上に金の薄膜を真空蒸着し、水で洗うとPVAは溶解し、金の電極が皮膚上に残ります。スパゲッティのような電極は多孔質状に皮膚に貼りつき、皮膚呼吸が可能になります。
慶應義塾大学医学部の天谷雅行教授(皮膚科学教室)らとの医工連携で、国際基準に沿った炎症テストを行い、1週間経過しても皮膚炎症が起きていないことを確認しました。また、胸部に貼って心電をリアルタイムで計測し、スマホで心電図波形をモニタリングする実験を行い、通常の生活を1週間送っても、電気信号の質が劣化しないことを確認できたのです。
人にやさしい「伸縮性エレクトロニクス」で、医療課題を解決に導く
医工連携をきっかけに医療・ヘルスケア・スポーツ領域に向けた開発が加速し、さまざまな生体情報の活用が進んでいきました。また、ユーザビリティ向上や品質を高めるために、スタートアップ企業を設立し、社会実装を進めていきました。
その一つが、伸縮性エレクトロニクスの電子回路を布地に熱圧着した衣類型デバイス「着られる生体情報センサー(スマートアパレル)」です。その人に合わせてセンサーをボディマッピングした服を着用して、さまざまな生体情報を計測するものです。着るだけで体の動きが計測できる高精度モーションキャプチャシステムとして、アスリートのフォーム分析に活用されているほか、工場労働者の生産性向上や、高齢者の転倒予防につなげる実証実験にも用途が広がっています。
さらに医療用として、世界初の「郵送による3誘導のホルター心電図検査」を実現しました。心電図検査では検査技師が患者の体に正確に電極を装着する作業が必要でしたが、患者さんの体に合った位置に電極を埋め込んだ検査着を郵送し、患者さんはそれを装着することで、自宅で心電図検査が行えるようになりました。この検査キットは2022年1月に医療機器クラス2認証を取得し、2022年3月には保険適用の認可を受け、現在、慶應義塾大学病院はじめ200以上の医療機関で採用されています。
「着られる生体情報センサー」は、心電、呼吸、心拍、体温、体位など全身のさまざまなデータを計測するプラットフォームとなります。世の中にはスマートウォッチのようなウエアラブルデバイスが普及していますが、一部のバイタルデータに限られています。私たちのデバイスは部位に特定せず、自在に生体情報を取得することができるのです。
電子皮膚から生まれた「着られる生体情報センサー」は、病院でしかできなかった検査や診断、治療が院外でできる可能性を広げました。脊髄損傷患者の遠隔リハビリテーションの実証実験にも用いられており、現在も医療関係者とともに研究・開発を続けている最中です。
私たちが目指してきたのは、人にやさしい「伸縮性エレクトロニクス」の実現です。人の肌に寄り添い、伸縮自在な電子皮膚デバイスは、医療やヘルスケアの分野のみならず、スポーツ、フィットネス、AR(拡張現実)/VR(仮想現実)と、人々の生活をより豊かに健やかなものにする可能性に満ちています。このたびの受賞を励みに、これまで研究・開発に取り組んできた仲間とともに、社会実装に向けた取り組みをさらに加速させ、医療・ヘルスケアの課題を解決に導くソリューションの数々を社会に届けたいと考えています。
(2025年3月7日)
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