森下泰記念賞
第5回(2025年度)受賞者
特別対談
医工連携・融合から生まれた
「心・血管修復パッチ」


第5回森下泰記念賞を受賞された根本慎太郎教授は、小児の先天性心疾患治療における医療課題の解決をめざし、医師主導の医工連携で「心・血管修復パッチ」を実用化した。その軌跡と医療の未来について高木俊明理事長と語り合っていただきました。
先天性心疾患の子どもたちの未来を変える不屈の挑戦
高木:小児心臓血管外科医である根本先生が、心・血管修復パッチという医療機器の開発に挑んだ経緯をお聞かせください。
根本:日本では約100人に1人の割合で先天性心疾患の新生児が生まれます。治療のための手術では、動物由来や合成素材のパッチで心臓の穴を塞いだり、血管をつないだりするのですが、これらの素材は生涯使えるものではなく、徐々に劣化します。また、子どもの心臓は成長して大きくなりますから、何度も手術が必要になることが少なくないのです。
高木:ご本人やご家族にとっては、安心できない日常が続くのですね。
根本:何とかしなければ、という想いで手術材料に関する勉強を続け、たどり着いたのが「子どもの成長に合わせて伸びることができて、しかも劣化しない心・血管修復パッチ」というアイデアでした。このアイデアを製品化するため、必須である企業の協力を得たいと願いました。しかし、ただでさえ小児医療は新規参入が少ない領域です。本気で子どもたちの未来を変えたいなら、論文だけで終わらせてはいけないと考えたのです。
高木:まだ世界で誰も実現していない、しかし、実現すれば子どもたちの未来が大きく変わる可能性を秘めている。その希望を信じて、自ら動き出したのですね。

子どもの成長とともに伸張し自己修復を導く心・血管修復パッチ
根本:製品化といっても、実現できる企業とのツテもなければ、資金もありません。私にあったのは、「熱意」と、どうにかなるだろうという「楽観」だけでした。アイデアを実現するために“ニット”に目をつけて繊維会社に片っ端から連絡しましたが、相手にされませんでした。そんな中、ある日の新聞で人工血管に挑んだ福井経編(たてあみ)興業株式会社(以下、福井経編)という繊維会社を知りました。直談判したところ「やってみよう」と応じてくれたのです。
高木:成長する子どもの心臓を考えて、ニット技術に可能性を見出された。しかし、心・血管修復パッチは、高度管理医療機器の中でも最もリスクが高い区分のクラスⅣにあたり、承認審査は非常に厳しいものです。
根本:関係者のベクトルを一つにするために、福井経編の皆さんに実際の手術も見学してもらいました。子どもたちのために絶対やり抜こうとの想いにご賛同いただき開発をスタートしました。
高木:先生の熱意が、福井経編の皆さんを動かしたのですね。生命を救いたいという想い——医学を進化させてきたのはその情熱の力です。
根本:道のりは険しいものでした。試作が完成すると、それを私が実際の手術手技で評価して新たな課題を見つけ、そこから改善につなげる。終わりの見えない試行錯誤の連続でした。気がつくと、福井経編の開発室には試作品が山のように積まれていました。
高木:高い要求にも必死に応えていく技術者の意地を感じます。粘り強く続け、本当にいいものを作り上げる。これこそ日本のものづくりの底力ですね。
根本:ある日、福井経編を訪れると、いつもは渋面の技術者が私と目を合わせてニヤッと笑ったのです。高木理事長がおっしゃるとおり、技術者の意地が実を結んだ瞬間でした。こうして誕生したのが、自己組織再生を誘導する心・血管修復パッチです。このパッチは、吸収性糸(PLLA)と非吸収性糸(PET)で交互に編み込まれたハイブリッドニットであり、さらに、のちに参画した帝人株式会社により、架橋ゼラチン膜で一体化されました。手術直後は、パッチが心臓や血管の壁となって血液の流出を防いでくれます。3か月程度でゼラチン膜が分解されるとともに、その部分に細胞が増殖して自己組織と置き換わっていきます。2年半以降は吸収性糸が分解され非吸収性糸のみが残ります。この非吸収性糸は伸張可能な構造で編まれており、細胞の足場となって自己組織の成長を継続的に誘導していくのです。
高木:子どもの成長というタイムラインに合わせて、素材と構造が変化していく緻密な設計が組み込まれている。子どもの生きる力と、それを支える医療機器の素晴らしい協奏ですね。

自己組織再生を誘導する心・血管修復パッチ
医工連携・融合から生命を守る希望が生まれた
根本:その先には、量産化、そして厚生労働省の承認と、乗り越えねばならない山が待ち構えていました。クラスⅣの条件をクリアするには、高レベルの製造・品質管理体制が必要でしたが、福井経編のつながりから帝人株式会社の参画を得ることができました。そこから、2014年に経済産業省、2017年にAMED※1による「医工連携事業化推進事業」で大型補助金を獲得し、開発が加速しました。
高木:医療機器として製品化するには、品質と安全を確立した高度な生産体制が必要不可欠です。これは医療機器の開発・製造販売を行う者に課せられる使命ですね。
根本:私たちは、開発全体の質向上と期間短縮をめざして、通常であれば順番に進めていく技術開発、量産技術、品質保証、薬事、知的財産などを同時進行する開発手法をとりました。さらに新たに開発した技術の新規性を確保して適切な権利化を図るために、特許出願を先行させたうえで、論文発表を同時期に行う知的財産戦略をとりました。これにより革新性が評価されて2018年には「先駆的医薬品等指定制度※2」対象となり、PMDA※3の優遇措置と日本小児循環器学会のサポートを受け、スピーディな治験計画を得ることができたのです。
高木:初めて人に使う段階に進まれたのですね。3名の赤ちゃんから始まったと聞いていますが、どんな心境でしたか?
根本:お子さんのご家族には難しいご決断だったと思います。治験参加に踏み切っていただけたことに感謝しかありません。最初の岡山大学での手術の成功を受けて、福井経編の皆さんが涙を流して喜んでくれたことが、いまでも目に焼きついています。
高木:自分たちが培ってきた技術が、人の生命を守ることにつながった。その一歩を踏み出した感動は大きいですね。
根本:治験全体では成人を含む34名が対象となり、術後1年で100%、5年で97.1%という高い再治療介入回避率を示し、重大な副作用がないことも確認されました。これにより2023年7月、厚生労働省から製造販売承認を取得しました。上市後、わが国の55施設で採用され、2026年4月末現在、283人の子どもたちの手術で使用されています。
日本のものづくりの力で医療の可能性を広げていく
高木:日本のものづくりは、プロセスや品質という見えない部分も大切にしてきました。特に医療機器のような極めて高い安全性と精緻さを求められる領域では、非常に高い価値を発揮するものですね。
根本:そこは日本の強みだと思います。近年は、行政も日本の医療機器や医薬品を国内のみならず、グローバル展開させる支援体制を強化してきていると感じます。
高木:医工連携・融合から生まれた新技術を社会実装まで進めるには、行政や学会などの多くの人を巻き込み、情熱を共有していくことが重要ですね。
根本:開発に携わったすべての人の力で、このたび医工連携分野で栄誉ある森下泰記念賞をいただくことができました。実は森下泰先生は私が所属する大阪医科薬科大学の前身の一つである、大阪薬科大学で理事長を務めた方でもあり、深いご縁を感じました。理事長を務められた当時は大学紛争の最中。その混乱期に大学院や実験施設を創設されるなど、今日の本学の研究基盤を作り上げられました。森下泰先生の先見性と医療への想いを引き継いでいきたいと決意を新たにしました。
高木:当財団は森下泰氏の想いを継承し、医工連携・融合領域における研究の発展を支援したいという願いを込めて、この賞を立ち上げました。根本先生の心・血管修復パッチは、米国・欧州でも承認取得や適用拡大に向けて進行中と聞いています。From JAPAN, To Globalの先駆者として、先天性心疾患を抱える子どもたちの未来を開き、さらに成人や他疾患の患者さんにも希望を広げてくれるものと期待しています。
- ※1国立研究開発法人 日本医療研究開発機構(Japan Agency for Medical Research and Development)
- ※2世界に先駆けて、革新的医薬品・医療機器・再生医療等製品を日本で早期の実用化をめざし、その開発を促進するための制度(旧:先駆け審査指定制度)
- ※3独立行政法人 医薬品医療機器総合機構(Pharmaceuticals and Medical Devices Agency)

(2026年4月対談)

