森下泰記念賞 第5回(2025年度)受賞者記念講演
子どもの心臓と一体化して
自己修復を促す
「心・血管修復パッチ」
根本 慎太郎 氏
大阪医科薬科大学 医学部 外科学講座 胸部外科学 教授
大阪医科薬科大学病院 小児心臓血管外科 診療科長


子どもの成長とともに伸張し、生涯使い続けられる手術材料
わが国では毎年70万人超の新生児が誕生していますが、このうち先天性心疾患を抱えて生まれてくる赤ちゃんは1.51%(2023年)で、100人に1人を超える割合にのぼります。その疾患は心室中隔欠損、心房中隔欠損、動脈管開存、ファロー四徴など多岐にわたり、30種類以上あります。これだけ多い要因は、胎児期の心臓の形成プロセスが非常に複雑であることが挙げられます。胚胎期に2本の管が接合し、その後、複雑にねじれながら、壁(中隔)や大動脈・肺動脈がつくられ、4つの部屋(心室・心房)に分かれていきます。心臓を動かしながら非常に複雑なプロセスをたどるため、構造的な欠陥が生じやすいのです。
私たち心臓外科医は、生後まもない赤ちゃんの心臓を切開し、パッチや人工血管など動物由来や合成素材の材料を用いて穴を塞いだり、血管をつないだり、肺動脈と大動脈を入れ替えるなどリスクの高い手術を行います。日本では年間9,000人から1万人の子どもたちがこうした心臓手術を受けているのが現状です。
大手術を乗り越えても、子どもたちの未来は安泰とはいえません。なぜなら、動物由来や合成素材の埋め込み材料は手術後に体内で劣化します。さらに材料に伸張性がほとんどないため、次は10歳、20歳というように再手術が必要となるのです。ふたたび心臓を開けると、癒着や石灰化を起こしていることもあり、手術の難易度がはね上がります。子どもの成長とともに伸張し、生涯使い続けられる手術材料の埋植手術が実現できれば、先天性心疾患を抱えて生まれてくる子どもの未来を大きく変えられます。
当初、私は医療機器や医療材料の開発に携わった経験はなく、技術シーズも協力企業も資金もありませんでした。しかし、そうした手術材料を必要とする子どもたちは日本中にいて、小児心臓外科領域における世界共通の未解決課題であることは確かです。小児心臓外科医としての手術実績や研究、治験の土台はあります。そして何より、「子どもたちを救いたい」という熱意と、「突破できるはずだ」という楽観性だけは誰よりも持っている――それが私をこの研究開発に駆り立てる原動力となったのです。
医工連携で生み出した、自己修復を促す「心・血管修復パッチ」
子どもの成長に合わせて伸張が可能となり、生涯使い続けられる手術材料――それはつまり、“自己組織に置き換わる材料”で、世界中の研究者が追究してきた難問です。自己心臓から組織を採取する移植手術は、使用できる量と回数が限られ、複雑な術式で手間と時間がかかるため、ごくわずかな症例でデータが少ないのがネックです。その応用として、亡くなった新生児から提供されたホモグラフト、牛の頸静脈から作られた弁付き導管、豚の生体弁を組み込んだ人工血管を用いる手術では、約半数が5〜7年で再手術になっているのが実状です。生分解性ポリマーの鋳型に培養自己細胞を播種して組織をつくる再生医療、あるいは皮下に鋳型を留置して体内で組織をつくる方法も研究されていますが一般に普及するまでには至っていません。
そこで私が目指したのは、これまでと同じように埋殖する手術だけで完結し、心臓外科医であれば誰でも扱える、生体に適合し、自己組織化を誘導する手術材料を開発することでした。論文で終わらせず、実用・量産化までもっていくには工学、産業の力が不可欠です。この材料をつくれる企業はないかと全国を探したところ、ようやくたどりついたのが、福井経編(たてあみ)興業株式会社という生地を編む技術をもつ会社でした。
試行錯誤を繰り返しながら福井経編興業と後に開発に加わった帝人が生み出したのは、吸収性糸(PLLA)と非吸収性糸(PET)を交互に編み込み、架橋ゼラチン膜で一体化させた心・血管修復パッチです。埋殖して半年までにはゼラチン膜が分解されて自己組織に置き換わり、2年以降には吸収性糸が分解されて非吸収性糸のみが残ります。非吸収性糸は二次元方向に伸びる構造で編まれているため、組織の成長とともに伸展が可能となります。このパッチが自己組織修復を誘導するため、多くの子どもたちが再手術をする必要がなくなるのです。

産官学で力を合わせ、最難関クラスⅣの医療機器承認を勝ち取る
心・血管修復パッチの実用化に向けては、さらなる乗り越えるべき大きな壁がありました。医療機器クラスⅣ(高度管理医療機器)にあたり、その製造販売承認は最も厳しい条件が求められ、第一種医療機器製造販売業許可をもつ企業の参加が必須となります。そこは福井経編興業のつながりから、2014年に化学コングロマリット企業である帝人株式会社の参画を得ることができました。さらには経済産業省とAMED(国立研究開発法人 日本医療研究開発機構)による「医工連携事業化推進事業」で大型補助金を獲得して開発が加速しました。
私たちは、コストと時間を最小限に抑えるために、通常であれば順番に進めていく技術開発、量産技術、品質保証、薬事、知財などを同時進行する開発手法をとりました。また、新たに開発した技術の新規性喪失を避けるとともに、適切な権利化を図るため、特許出願を先行させたうえで、論文発表を同時期に行う知的財産戦略をとりました。2018年には技術の革新性が認められ、厚生労働省の「先駆け審査指定制度」の対象となり、PMDA(独立行政法人 医薬品医療機器総合機構)の審査優遇措置と日本小児循環器学会のサポートを受け、スピーディな治験プロトコールを得ることができました。
2019年から始まった臨床試験では、まずfirst in humanとして3人の赤ちゃんの心臓にパッチが埋め込まれ、問題が無いことを確認してから次の検証段階に進みました。成人を含めた30人以上が組み入れられました。術後1年で100.0%、術後5年で97.1%という高い再治療介入回避率を示し、重大な副作用がないことも確認されました。これにより2023年7月に厚生労働省から製造販売承認を取得し、2024年6月に「シンフォリウム®」として上市に至りました。現在(2026年3月8日時点)で、全国54施設263症例で使用されています。
異業種連携に欠かせないのは、強いベクトルを生むハブ的存在
製品の事業化を目指す医工連携においては、企業や行政機関、学会なども加えた「産官学連携」が欠かせません。しかし企業では事業性が求められますし、行政機関では重点政策や外部有識者の意見が影響することもあります。また、アカデミアにおいては、アイデアやシーズがあっても、実用化に向けた企業との交渉術や、時間・マンパワーが足りないこともあり、関係者すべてが同じ方向を向いているわけではありません。
今回の心・血管修復パッチの開発では、日本が誇るものづくり産業との連携で突破口を開き、医療や行政に関わる人たちの理解と協力を得て、実用・量産化にこぎつけることができました。この経験から私が学んだのは、それぞれのアセットを有効に結びつけていくためには、医師がユーザーイノベーションの精神をもって“アカデミックマネジャー(学術的知見とマネジメントを担う立場)”となり、産官学のハブとして、強いベクトルを示しながら、プロジェクト全体を突き動かしていく必要がある、ということでした。
現在、私たちはこの心・血管修復パッチを、世界中の先天心疾患を抱える子どもたちに届けるために動き出しています。PMDAと米国FDAが主導する日米産学連携の医療機器規制調和「Harmonization By Doing for Children」活動における実証プロジェクトに日本製として初採択され、米国での製造販売承認取得に向けて活動を始めました。また、成人や他疾患への適用拡大を探る海外共同研究にも着手しています。
このたび、「森下泰記念賞」を授与いただきました。受賞に際して、私が所属する大阪医科薬科大学の前身・大阪薬科大学の第6代理事長を森下泰先生が務められていたと知り、深いご縁を感じております。医学の発展のためにご尽力された森下先生のご遺志をここに引き継ぎ、これからも国内外の小児医療の発展に寄与していきたいと考えております。
(2026年3月11日)
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