公益財団法人テルモ生命科学振興財団

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中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

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中高校生が第一線の研究者を訪問
「これから研究の話をしよう」

第4回
植物のたくみな生殖戦略
「自家不和合性」

第2章 学究と産業の結節点としての植物学
〜 自家不和合性を品種改良に生かす

渡辺
この「自家不和合性」を使うと、品種改良が非常に効率的に行えます。
自家不和合性を制御するのはSという遺伝子なのですが、そのSの遺伝子の番号が違うと交雑ができます。例えば、細くて長いダイコンと太くて短いダイコンを交雑する時、前者のS遺伝子型がS1S1で、後者にはS2S2S遺伝子型のものを用いるとします。
下図の黒枠の空間を温室だと考えてください。片方に細長いダイコン、もう片方に太いダイコンを植えておき、ミツバチを放ちます。自家不和合性があるので、自分の株・系統の花粉とは受精しないため、両方の遺伝子を持った、Sという遺伝子の1番と2番を持った雑種、S1S2遺伝子型を持つ種子のみができるわけです。「雑種強勢」といって、太くて長い、とても良いダイコンができる。しかも収穫時期も同じです。これは、農家にとって非常にうれしいことです。

自家不和合性を利用した一代雑種育種
図版提供:渡辺研究室・増子(鈴木)潤美女史

渡辺
ただ、農家のおじさんたちが太くて長いS1S2の雑種(F1)を自殖しても、その次のF2世代では分離の法則に従ってさまざまな形質が現れるので、良いものはなかなか出てきません。いいとこ取りの雑種強勢の原理を生かして品種改良を行うことを「一代雑種育種法」といいます。種苗メーカーはそういう方法論を使っているわけで、農家はその種子を買うしかない。過足農園、横山農園は、その種子を買いますか?

優れた形質を持つ両親を掛け合わせて、より優れた形質を持つ子ができる「雑種強勢」を利用した「一代雑種育種法」。ただし、F2世代では分離してしまうため、F1だけしか使えない
図版提供:渡辺研究室・増子(鈴木)潤美女史

過足
買います。
横山
はい、買います。
渡辺
即決だね。ただ単に細くて長いダイコンと太くて短いダイコンを交配するだけではなくて、さらに片方においしいという形質をもう一つ持たせる。もう一方には病気に強いという形質を持たせると、収量が上がるうえにおいしいから、出荷したときに高い値段で売れ、しかも栽培もしやすい。
ここで考えてほしいのは、サイエンスとしてピュアに考える部分と、産業的な側面から考えなければならない部分があるということ。このことを理解することはとても重要です。
一同
はい。
渡辺
産業的な側面で考える恰好の材料がリンゴです。リンゴといえば赤くなるのが自然ですが、なぜ赤くなると思う?
一同
???
渡辺
赤色が誰かに対しアピールするとしたら…。
立石
鳥?
渡辺
そう。今まで緑だったものが赤くなり、私を食べてほしい。何のために?
立石
種子を運んでもらう。
渡辺
そうです。自然界にはそうした意味があったのです。ところが、人間が栽培するのだったら、種子を運んでもらう必要はないから、赤くなくてもいい。でも、農家の人は一生懸命赤くしなければならない。消費者の好みにあわせて購買意欲をそそるために、むらなく赤くしようと、木の下に反射板やシートを置かなくてはならないなど、作業がとても大変になっているんです。
一同
(頷く)
渡辺
そこで最近増えてきたのが、黄色い「シナノゴールド」という品種です。赤くするための大変な作業が必要ないから農家に人気なんですね。つまり、品種改良には農家の人たちの労働の問題もからんでいるわけです。 もう一つ、トマトでも同じことが言えます。最初に説明したように、心皮の数を増やして「じゅくじゅく」した方が良いかもしれない。ところがそれじゃあ困る人もいる。ハンバーガー屋さん。
一同
ああ!(笑)
渡辺
でしょう。誰がつくるか、誰が使うかにより、判断が分かれる場合があるのです。どのように品種改良していくか、その方向性を決めるのは実はすごく難しいのです。

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