公益財団法人テルモ生命科学振興財団

中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

「サイエンスカフェ2019」レポート
講義と3つの実習、
他県の高校生や大学院生たちとの交流を通して
これからの進路が見えてきた2日間

[1日目]

医学や工学、情報学など多くの学問分野の協働で
最先端の医療が実現するんだ!

1日目は医工融合のパイオニアと再生医療研究のフロントランナーによる生命科学講義と3人の若手研究者によるレクチャー。最先端の医学に携わる道はひとつではなく、研究者になるきっかけもいろいろ──高校生にとって進路選択の大きなヒントとなったようです。
夕食を兼ねた懇親会では、学校紹介とクイズでお互いの距離が一気に縮まりました。

講演会 第1部/講義1
人工臓器最前線-エンジニアが先進医療に挑戦する

早稲田大学理工学術院先端生命医科学センター教授
梅津光生先生

1つの建物を2つの大学が利用する意義

梅津先生の講義は、サイエンスカフェ2日目の会場となる「TWIns」の紹介から始まりました。
「TWInsというのは東京女子医科大学と早稲田大学による医工融合の研究教育拠点です。東京女子医科大学のTと早稲田大学のW、そしてInstitution(施設)とを組み合わせた「TWIns(双子)」がこの施設の通称となっています。両大学は人工心臓の研究開発をはじめ、医学と工学にまたがる学際的な研究で50年以上にわたって協力と交流を進めてきており、2000年に正式な学術交流協定を締結して、2008年4月にTWInsが創設されました」

梅津先生は初代の早稲田大学先端生命医科学センター長に就任。同じく東京女子医大側の先端生命医科学研究所所長に就任したのが岡野光夫先生でした。
「建物の計画段階では当初、文科省から女子医大と早稲田大とでそれぞれの建物を2つ建てて、渡り廊下で結んでくださいと言われました。しかし、私と岡野先生とで、それではダメだ、シームレスにつながることこそが大事なんだと異を唱えました。岡野先生とは20代のころから、将来、世の中がひっくり返るような研究をしようと話し合っていて、新しい分野を開拓するには2つの大学が1つになって研究に取り組むことが重要だと文科省に訴えて、全国の大学でも珍しい、2つの大学が連携して利用する1つの建物が実現したのです」

現在TWInsでは、早稲田大学から450人(うち大学院生300人)、東京女子医科大学から教員・研究者・院生220人が研究に携わっています。

梅津先生が教授を務めているのが理工学術院先進理工学部の総合機械工学科です。
「機械工学といっても高校生のみなさんの中にはあまりびんとこないという人もいるかもしれません。基本はニュートン力学で、これと新しい技術とを結びつけ、宇宙構造物や人間共存ロボット、環境エネルギー分野での次世代の自動車や燃料電池など、機械システムをつくる技術を総合的に研究する学科です」

こう語る梅津教授が、機械工学を学ぶ上で大事なこととしてあげたのが「自転車のメカを知っていても自転車には乗れない」ということ。
「知識だけではものはつくれず、ものをつくるには体験が必要です。そこで知識と体験を総合的に学び、ものづくりをデザインする力を身につけようというのが機械工学科です。そしてもう一つ大切なのが英語などの語学力。エンジニアであっても、今や国際感覚を身につけるためにコミュニケーション力は欠かせないし、自分の考えや夢を人に説明できることも重要で、そのためにも語学の力が必須となってきます」

「医学と工学が一緒にやる時代が来る」と恩師の言葉

梅津先生は人工臓器研究の世界的なパイオニアです。世界でも数少ない機械工学と医学の両方の分野に精通した研究者として、40年以上にわたって人工臓器の開発に取り組んできました。
先生がこの道に入ったきっかけは「鉄道」とのこと。小学生のころから、鉄道の時刻表を見たり旅行をすることが大の趣味だったといいます。

「私が大学に入学した当時、早稲田に流体制御の専門家の土屋喜一教授がおられました。東海道新幹線の関ヶ原の消雪用スプリンクラーを開発した方で、ここでなら鉄道の研究ができると意気込んで土屋先生の研究室に入ったところ、先生は『残念だけどその研究はもう終わったよ』とおっしゃるのです。そして、『これからは医学と工学が一緒にやる時代が来るから、医学をやりなさい』と言われました。でも私は、病気になったこともなければ、医者になろうと思ったこともない。機械工学に医学なんて関係ないと言ったら、先生は『関係というのはあるかないかじゃない。いかにこじつけるかだ。人のからだを見てごらん。指先やからだの隅々まで、必要なところに必要なだけ血液が流れている。これこそ究極の流体制御(Fluid control)だと思わないか』」
この土屋先生の言葉によって、梅津先生は医学と工学の融合分野の研究に進みました。

大学院に進学した梅津先生を待っていたのが、犬を使う実験でした。心臓外科の先生と一緒に行う実験では、1年間に犬を100頭も殺さなくてはなりません。犬好きの梅津先生にはそれが大きなトラウマに。何とか動物を殺すことのないテクノロジーを開発したいと開発したのが、人工心臓用の血液循環系のシミュレータで、特許も取得しました。

それを論文にまとめ、生まれて初めて国際学会で発表したところ、国立循環器病センターの初代病院長となった大阪大学の当時の第一外科主任教授・曲直部寿夫先生に声をかけられたのです。
「曲直部先生は『こんなおもしろい発表を聞いたのは初めてや。きょうほど医学と工学が一緒にやらなきゃいかんということがようわかった日はない。どうだ、大阪に来て一緒に働かんか』と誘ってくださいました」

こうして梅津先生は国立循環器病センター研究所の開設メンバーの一人として加わり、のちに人工臓器研究室の室長に就任。その後オーストラリアに渡り、シドニーのセントビンセント病院で人工心臓開発の初代プロジェクトリーダーも務めました。

真の医工融合が新しい医療を切り拓く

2008年にTWInsがオープンしたことで、日本に最先端の医工融合を実践できる環境をつくるという梅津先生の長年の夢が実現しました。現在TWInsでは医工連携を旗印に、さまざまな先進医療への挑戦が行われています。

「例えば手術台や内視鏡、MRIやCTなど治療室の各機器がネットワークで結ばれ、こうして一元管理された術中の患者さんのデータを、医師とエンジニアがリアルタイムで共有しながら治療戦略を議論する次世代型のインテリジェント手術室を開発しています。さらにICT化が進展すれば、遠隔地の患者さんの診断や治療・手術の支援など、さまざまな可能性が広がる。真の医工融合によって新しい医療が生まれるんですね」

梅津先生が講義の最後に高校生たちに見せてくれたのが、総合機械工学科・高西研究室が開発したフルートを演奏するロボットのデモ映像でした。
このロボットは人間と同様のメカニズムによって楽器を演奏します。肺から送り出された空気は声帯部に送られビブラートを奏で、口腔部ではタンギング、口唇部で空気ビームの調整を行うことで人間そっくりの演奏を行います。

「人間がどういうパーツで構成され、それぞれがどのようなメカニズムで複雑なことをやっているのか、それを機械的に表現したらどうなるだろうという研究の一例がミュージシャンロボです。フルートだけでなくサックスを演奏するロボットもいます。こうした研究は、人間のからだのメカニズム解明にもつながり、やがては病気の治療や介護などにも役立つに違いありません。機械屋でもさまざまな形で医療に貢献できるということを、ぜひTWInsで実感してほしいと思います」
デモ映像では、ロボットミュージシャンが実に見事にリムスキー・コルサコフ作曲の「熊蜂の飛行」を演奏していました。

講演会 第1部/講義2
心臓を創る~再生医療最前線~

東京女子医科大学 先端生命医科学研究所 所長/教授
清水達也先生

再生医療の2本の柱、「幹細胞生物学」と「組織工学」

再生医療研究のトップランナーの一人である清水先生は、若いころの自身の夢と転機から語り始めました。
「私は医学部を出て医師になりましたが、もともと宇宙飛行士になりたいという夢を持っていました。その夢は今も決して諦めてはいませんし、新しいことにチャレンジしたいという気持ちを常々持っています。そんな私が、歩んできた道からちょっとはずれて細胞シートの研究という新しい研究を始めたのは、実は31歳になってからなんです。つまり、31歳になってようやく自分がやりたいことを見つけたということ。みなさんはまだ高校生ですから、『どの大学へ行くかで人生が決まる』などと決めつけずに、まず自分が興味を持っているところへ行っていろいろ経験したり、多くの人の話を聞いたりしてほしい。それを十分に咀嚼して自分の中で再構築して、自分のやりたいことを見つけてほしいと思います」

31歳で再生医療研究の道に入った清水先生がめざしているのは「細胞から臓器を丸ごとつくる」こと。
再生医療というと、iPS細胞を思い描く人も多いかもしれませんが、「幹細胞生物学」と「ティッシュエンジニアリング(組織工学)」という2本の大きな研究の柱があります。

「幹細胞生物学は、幹細胞を利用して目的の細胞に分化させ、組織・臓器の再生をめざす学問です。幹細胞とは、分裂して自分と同じ細胞を次々とつくる『自己複製能』と、自分とは異なる細胞をつくる『多分化能』の2つの能力を有する細胞を指します。分裂して細胞を増やしながら、あるスイッチが入ると、肝臓の細胞になったり心筋細胞になったり血液の細胞になったりします」

私たちのからだは受精卵が分裂し、さまざまな種類の細胞や組織へと分化して出来上がります。分裂の初期の胚(胚盤胞)からつくられるのがES細胞で、生体のすべての組織に分化する多分化能と、高い増殖能力を持っています。しかしヒトの受精卵から取り出して培養した細胞なので生命倫理の問題があり、他人の受精卵由来のため拒絶反応が起こる問題もあります。この2つの問題を同時にクリアできるのが京都大学の山中伸弥教授が開発したiPS細胞です。iPS細胞は自分自身の皮膚などからとった細胞に特殊な遺伝子を入れることで分化の初期段階に戻り、さまざまな細胞に分化できる能力を持っています。受精卵を壊すという倫理的な問題もありませんし、自分自身の細胞でつくるので移植したときに免疫拒絶反応も起きません。

ではES細胞やiPS細胞などを目的の細胞に分化させたとして、次に問題となるのが、どのようにその細胞を患者の体の中に入れて治療するか。
「体内の特定の部位に注射しても、バラバラになってどこかへ行ってしまいますから、バラバラにならないように工夫して移植する必要があります。そこで登場するのが2つ目の柱である『ティッシュエンジニアリング』、細胞から三次元的な組織をつくる学問です」

ティッシュエンジニアリングは1990年代の前半にスタートし、現在さまざまな手法が開発されています。例えば、体の中に入れると溶けるような生分解性の支持体で三次元的な容れ物をつくり、そこに目的の細胞を移植する「スキャフォールド法」。体の中に入れると支持体が徐々に溶けて生体の組織と入れ替わるというわけです。
「バイオプリンティング法」は、3Dプリンターの技術で細胞をプリントしていく方法です。特殊な液体と細胞を混ぜ、コンピュータ制御によって三次元の組織を構築します。また、細胞を微小な管に流しながら培養し、ファイバー(ヒモ)状の組織にしていく「細胞ファイバー法」などもあります。

日本発の「細胞シート」を用いた再生医療

清水先生が取り組んでいるのが、東京女子医大の岡野光夫先生が開発した「細胞シート」法。再生したい部位にシート状になった細胞を貼り付けて移植する方法です。

細胞を培養皿で培養すると細胞が増殖しますが、それを取り出すためにトリプシンなどのタンパク分解酵素を入れると、細胞が傷ついてバラバラになってしまいます。そこで考え出されたのが、温度で性質を変える高分子を培養皿にコーティングすること。
「この培養皿は、温度に応じて性質が変わります。細胞を培養する37℃のときは疎水性で、水をはじくがタンパク質はくっつきやすい。ところが、32℃以下に温度を下げると親水性になり、タンパク質が剥がれやすくなるので、細胞にダメージを与えることなく細胞同士がくっついている状態で取り出すことができるのです」

細胞シートによる再生医療は、すでに実用化が進んでいます。
例えば大阪大学と共同で行っている角膜の治療では、患者自身の口腔粘膜から採取した細胞を培養してつくった細胞シートを角膜に移植。両目とも失明していた患者さんの目が見えるようになり、仕事ができるまでに回復したそうです。
食道がんの内視鏡切除後の食道の再生でも、がんを取ったあとに患者自身の口腔粘膜から採取した細胞から細胞シートをつくって貼る方法が実用化され、臨床応用されています。 また、重症心不全に対する細胞シート治療では、心臓移植をするしかなかった何人もの患者の命を救っています。この心不全治療用の細胞シートはテルモが実用化に取り組み、厚労省の製造販売承認を取得。2016年5月から「ハートシート」という商品名で販売が始まりました。
このほか、関節軟骨の修復、歯周組織の再生、肺の病気である気胸、中耳や膵臓、肝臓など、細胞シートを用いたさまざまな前臨床・臨床研究が進んでいます。

細胞シートを重ね合わせて丸ごとの心臓をつくる

現在、清水先生らが取り組んでいるのは、細胞シートを重ねあわせて、三次元の組織とすること。いずれは “丸ごとの心臓”をつくりたいと考えているそうです。
「拍動する細胞シートはできていて、ネズミに移植するとからだの中で拍動を続けます。課題はいかに血管を通し、分厚い組織としていくか。私たちの体はいたるところに毛細血管が走っていて酸素と栄養を供給しています。細胞シートを積層化させていったときにも、そこに血管を入れていかないと、細胞が壊死してしまうのです」

心臓をつくろうとすると、人間の心臓の壁の厚さは1㎝なので、細胞シートを300枚重ねて、その中に酸素と栄養を供給する毛細血管網を構築しなければなりません。すでに生体に3枚ずつ段階的に移植することで細胞シート30層分の厚さ約1mmの組織をつくることに成功しています。今後は、生体の外で積層させ、分厚い組織をつくることが目標です。このため研究チームでは、毛細血管網を張りめぐらせた血管床を作製し、その血管床の上に細胞シートを積層し、培地を生体外で灌流することで細胞シート内に血管網を構築させる研究を進めています。実験ではこうしてできた組織をネズミに戻すことに成功。
さらに、拍動する心筋を平面のシート状にするだけでなく、血液を送り出すポンプのようなものにするためにチューブ状にする研究にも取り組み始めているとのことです。

細胞から肉をつくる“培養食肉”計画が進行中

清水先生のグループが最近取り組み始めたのが「細胞から食肉をつくる」という“培養肉”の研究です。
“培養肉”の実現は、ウシなどの家畜を屠殺しなくてすむという動物愛護の観点のほかにも、ウシやブタが出すCO2やメタン、過酸化窒素などによる温室効果ガスの問題の解決にも一役買うといわれています。そこで、ティッシュエンジニアリングの技術を駆使して、動物細胞を培養して立体組織としようというわけです。

丸ごとの心臓をつくるチャレンジや、細胞から食肉をつくるなど壮大な計画に取り組む清水先生の生徒たちへのメッセージは、「たゆまぬチャレンジが夢を実現させる」ということ。
「人工衛星から金属球を落下させて流れ星をつくる計画をご存知ですか。もともとは流れ星をつくりたいという夢から始まったものですが、多くの専門家が協力して、来年のオリンピックまでに流れ星をつくるプロジェクトが本気で動いています。この例からも明らかなように、やりたいと思うことを口に出して、夢を語って、信念を持ってやり続けることが大事。
『夢と信念』というのが私のスローガンです。マンガやSF小説、映画などで、『こんな夢みたいなこと、できっこない』と思われていた話が実現していることってけっこうあります。大切なのは夢に向かってあきらめずにやり続けること。そのためにはまず夢を持たなければ始まらない。私は心臓をつくることを夢見ていますが、宇宙飛行士になる夢も捨てていません。みなさんもぜひこの機会に何年か先、何十年か先に実現させたい自分の夢を見つけてください」

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